ロシアを紹介する
RUSSIA BEYONDというサイト上で、
「現代ロシアのもっとも素晴らしいオペラ歌手7人」という特集がありました。
RUSSIA BEYONDは観光やゴシップネタだけでなく、中々生々しい米ロ冷戦中のことなんかも書いてあって結構面白いです。
記事を書いているのは音楽評論家ではないので、専門的なことが書かれている訳ではありませんが、
ロシアを紹介するのが目的のサイトで、世界的に誇れる自国のクラシック歌手を発信するだけでも普通はやらないでしょうから、例え知名度の高い歌手を7人並べただけでも十分だと思うのですが、
中身を見ると、淡々と世界に誇れるキャリアを積んだ歌手の経歴が並べられているのではなく、
現在40代くらいで、基本的に今全盛期を迎えている歌手を中心に選んでいる辺りにセンスを感じたので、ここで取り上げてみることにしました。
ただ、最近考えるのは、
例えば、
「日本人がイタリアに渡って世界的歌手になりました。」
という場合と、
「日本へ留学してきて研鑽を積んだ外国人が世界的な歌手になりました。」
といった場合、どっちが国として誇らしいのでしょうか?
留学して成功した人は個人の努力と、留学先の教育システムが素晴らしかった。あるいは素晴らしい教育者がいたからですが、
日本への留学生が成功したらその逆です。
つまり、ロシアの魅力を紹介するのであれば、本来はロシアの音楽教育がどれだけ偉大な歌手を育成したかを紹介した方が興味を持つ人は多いのではないかなぁ~。と思ったりする訳です。
余談ですが、ノーベル賞は完全にそのロジックで、米国の研究機関に所属してる日本人が受賞して、日本の政治家がそれを喜ぶってのはおかしくて、優秀な人材を海外に流出させた結果なのだから、本来日本に残って研究を続けて貰えるようなサポートができていないことを恥じるべきなのです。
とまぁ、愚痴はこれくらいにして、
早速ここで選ばれている7人と、私個人の感想を書いていきたいと思います。
①
ロシアと言えばシャリアピンを輩出した国。
真っ先にネトレプコを挙げるかと思えば、バス歌手を先頭にもってくる辺り、バス歌手への敬意と言えば良いのか、ロシアに対して世界が持つ声のイメージがバスなんだな。というのを象徴しているように感じました。
ムソルグスキー ボリス・ゴドノフ
ロシアを代表するバスならばゴドノフを最高のパフォーマンスを見せないと話になりません。
という私の考え方は間違っているでしょうか?
圧倒的な声で押すタイプではんく、緻密な歌唱をしますね。
ビゼー カルメン votre toast je peux vous le rendre
やっぱりこの曲はバリトンよりバスが歌っ方がカッコイイ!
最高音のFはバスのアクートで出してこそ栄える。
ロシアが世界に誇る歌手として一番先頭に持ってくるのに全く異議なし!
といった素晴らしいバス歌手だと思います。
②
来月まさに来日するミローノフ、
ロッシーニテノールとしての第一人者として既に10年以上活躍しており、
ヴェルディやプッチーニ、あるいはワーグナー歌手のような注目は浴びないかもしれませんが、
当然ロシア人の現代を代表する歌手に数えるのは妥当ですね。
ロッシーニ アルジェのイタリア女 Languir per una bella
大野和志は、新国の注目キャストとしてこの人の名前を挙げず、ノリーナ役をキャンセルしたドゥ ニースをべた褒めしていた訳ですが、何度か記事に書いている通り、ミローノフを呼べたことは素晴らしいことなのです。
超有名ロッシーニテノールのフローレスは12月に日本でリサイタルをやりますが、大々的に宣伝を打ち、値段もバカ高いにも関わらずチケットはかなり売れています。
一方新国のドン・パスクワーレは秀逸なキャストを集めているにも関わらず結構残っている。
解せない・・・・
ミローノフの声について少し書いておくと、
インタヴューでの喋り声を聴いてもかなり高い声です。
全然喉が鳴っている感じはないのですが、それでいて上ずった高さではなく、深くて高い響きの声。
フランシスコ アライサとか、アルフレード クラウスも喋ってる声が歌ってる時と同じ、とても軽くて高いポジションでありながら、深さがありましたから、ファルセットと実声の境目が殆どないような楽器を持っていながら、上体だけで鳴らさず胸と連動して響かせられることがロッシーニテノールとして成功できる要因であることは間違えないでしょう。
ミローノフの高音は私の耳にはアクートというよりファルセットから作ってるように聴こえるんですよね。
③
頻繁に来日しているのでご存じの方も多いと思いますが、
この人は間違えなく現在世界でもトップクラスのテノールです。
この人については過去記事でも書いているのでそちらを参照ください。
◆関連記事
現在のリリコレッジェーロテノールの到達点Dmitry Korchak
④
こちらに関しては今更紹介する必要もないでしょう。
ですが、「ネトレプコの名はオペラに興味がない人にも知られている」と記事に書かれているのはちょっと驚いた。
ボチェッリとかブライトマンみたいなクロスオーバー歌手ならまだしも、ネトレプコはオペラに興味ないと絶対知らないと思う・・・。
◆関連記事
Anna (Yur’yevna) Netrebkoはどこで道を踏み外したのか?
⑤
個人的に一番驚いたのがこの人選
「おそらくロシアでもっとも人気のあるクラシック界のスター」とのことで、
ロシアのオペラ界ではなくクラシック界ときたか。
今までの4人の人選には異議はなかったのですが、この人の実力には個人的に疑問があります。
プッチーニ ラ・ボエーム quando me’n vo
完全に喉押してる声で、軽い声なのに全部響きが奥まってしまって、
ちょっと高い音になると”i”母音が”e”に寄り過ぎていて、1:28~の「felice」(幸)という単語がまともに発音できていません。
このレベルの歌手が有名になっている意味がよくわからないのですが、
この1曲を聴いても魅力を見つける方が難しいほど粗ばかり目立っている気がするのですが、いかがでしょうか?
そして、
ベッリーニ ノルマ Casta Diva Bellini
高音の抜けは確かに良いんですが、深い響きと籠った響きを取り違えているのではないかと思えてなりません。
なんとなく上手く歌えているように聴こえるんですが、同じような声を持った現代彩桜のソプラノの一人ヨンシェヴァと比較すれば、発声に決定的な問題があることは明らかです。
Sonya Yoncheva
⑥
ロシアの歌手と聞いてぱっと思い浮かぶ人ではありませんでしたが、
確かにこの人も一時期脚光を浴びてた時期があったような記憶が蘇ってきました。
ヴェルディ オテッロ Desdemona’s scene
表現は嫌いじゃないのですが、ちょっと太い声で歌い過ぎて、無駄なヴィブラートが掛かってしまうのが頂けない。
もっと細くて繊細な息遣いで響きの余韻を残した歌い方をしないと、この曲に求められるレガートは中々実現できません。
ですが、確かに歌の上手さはロシアを代表するソプラノと言っても良いかもしれません。
⑦
この人は知りませんでした。
ちょっと調べてみた感じでは、まだロシア国内でしかあまり知られていない方のようなのですが、
声を聴いてびっくりしました。
こんなに自然で無駄な力の入っていない若手メゾがいたなんて!
モーツァルト 皇帝ティトの慈悲 Parto, parto
タリャトニコワはメゾですが、ゲルズマワやガリフリナより遥かに軽く歌っています。
それでいて深さがあり、言葉が前に飛んでいる。
声に硬さはなくても、歌い出しの音はカッチリはいって、テンポ感も緩める部分と、メカニックに締めるべきところでの緩急が見事で、モーツァルトの様式感を保った中でも表情豊かな音楽を聴かせてくれています。
この人は素晴らしい逸材ですね!
もう少し詳しく調べたら単体で記事を書きたいと思います。
以上がRUSSIA BEYONDが選んだ7人のロシア人オペラ歌手でした。
いかがだったでしょうか?
最後に、個人的に選ばれるべきだと思った歌手を書いておきます。
Ekaterina Gubanova (メゾ・ソプラノ)
現在を代表するドラマティックメゾ。
イタリア、ドイツ、フランス、ロシアオペラが歌えて、
ヴェルディとワーグナーでは特に定評があります。
Olga Peretyatko (ソプラノ)
私の予想では、ガリフリナではなくペレチャッコが選ばれるものだと思っていました。
超高音は得意ではありませんが、ロシア人にしては明るめの響きと、ピアニッシモの表現の上手さは現在のリリコ レッジェーロソプラノの中でも屈指の実力があります。
それでいて軽い響きのまま低音もしっかり鳴るので、テッシトゥーラの低いスーブレット役もしっかりこなせます。
なぜガリフリナ?そこだけが引っかかる(笑)
Vasily Ladyuk(バリトン)
ホロストフスキーの後継者と呼べる声と表現力を持っているのはラデユークをおいていないと思うのですが・・・。
ヴェルディとチャイコフスキーのオペラでは存在感を見せていますし、来日回数も多いこともあって個人的にはロシア人歌手と言えば思い浮かぶ人の一人です。
もう少し年代が上の人を入れるなら、ボロディナやガルージン、チェルノフ、レイフェルクス、グレギーナといったところも入ってきたかもしれませんが、30~40代の歌手でまとめるとこんな感じではないでしょうか。
この人が抜けている!
というのがあれば、是非ご意見をお願いします。
ご意見、ご感想は
2019/10/30 読者からの意見もあり追記しました。
Elena Pankratova(ソプラノ・メゾソプラノ)
ドラマティックソプラノであり、
最近ではバイロイトでローエングリンのオルトルートや
パルシファルのクンドリーを歌っていました
Elena Maximova(メゾソプラノ)
1980年生まれのメゾソプラノ
新国には何度か来ているのでご存じの方も多いかもしれません。
こう言っては失礼ですが、まだこんな若かったのか~。
2000年にオペラデビューしているそうなので、もうすぐオペラ歌手としてのキャリアも20年です。
Evgeny Nikitin(バリトン)
1973年生まれのワーグナー歌いとして確固たる地位を築いたヘルデンバリトン
バイロイトでオランダ人を歌う予定が、胸にハーケンクロイツなどの刺青をしていたことが報じられて降板となる事件が有名。
そんな訳でやっぱりロシアが誇る歌手。
とは世界にアピールし難いのかもしれませんが、実力のある歌手であることは間違えありません。
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