米国にやっと現れたヴェルディを歌える発声技術を持ったバスChristian Van Horn

 

 

Christian Van Horn(クリスチャン ヴァン ホーン)は1978年米国生まれのバスバリトン歌手。

米国の劇場を中心に活躍しており、2018 Richard Tucker Awardの受賞したことで、40歳近くなってようやく世界的に注目されるようになったのがヴァン ホーンです。
米国人のバスバリトンでは、Greer Grimsleyのように今や世界でもトップクラスのヘルデンバリトンとして活躍している素晴らしい歌手の方も当然いますが、どうしても声量に頼った歌唱をする人ばかりでした。

ヴァン ホーンも若い頃は声量で押すタイプと言う意味では米国人歌手らしかったのですが、2018年の演奏では技術的にも大きく成長し、持っている深さと温かさと強さを兼ね備えた声を、パワーだけでなくしっかりした響の上でコントロールできるようになっている。
この辺りは最近の米国人歌手では見られないタイプではないかと思っています。

 

 

 

Beethoven 9th Symphony(第四楽章冒頭バスソロ部分)

 

 

 

 

 

 

モーツァルト フィガロの結婚 Non più andrai

上記2つの詳しい録音年代は不明ですが、少なくとも2012年以前の録音であることは確かです。
まず、この演奏からは圧倒的な響きの明るさ、発音の明瞭さ(正確かどうかは別として)は伝わると思います。

第九のソロでは、高音でも薄くならない豊な響きと、圧倒的な美声が印象的である一方で、弱音の表現では響きがなくなったり、低音で時々掘るような表現が耳につきます。

フィガロでも同じようなことが言えますが、イタリア語だと子音が無駄に立ってしまうのがより気になります。
ただ、ヴァン ホーンの歌唱は声量で押す歌唱ではあっても、響きの高さがしっかりあるのが良いですね。

 

 

 

ヴェルディ ナブッコ Oh, Chi Piange?

急に2018年の演奏に飛びますが、
最初に紹介した2つの演奏と、こちらの演奏。声の響きが明らかに変わっています。

最初に紹介した演奏では、良い声ではあっても必要以上に前に響きを集めようとしていた押している声でした。
しかしこちらは、深い息の循環で無駄な力みがなく自然な響きで歌えています。
深さがあっても響きのポイントはしっかり前にあり、低音でも高音でも同じようなポジションで響いています。
米国人のバス歌手でヴェルディを得意をしていた人と言えば、Samuel Rameyが有名ですが、
発声技術ではレイミーより既にヴァン ホーンは上だと思います。

 

 

 

Samuel Ramey

 

冒頭のレチタティーヴォの部分の歌詞

レイミーは開始して直ぐ
ヴァン ホーンは1:10~になります。

 

Oh chi piange?.. di femmine imbelli

chi solleva lamenti all’Eterno?..

Oh sorgete, angosciati fratelli,

sul mio labbro favella il Signor!

 

泣いているのは誰か?… 女々しい哀歌を

神に捧げるのは誰か?…

立ち上がれ、不安に慄く同胞よ、

私の唇から出るのは主の言葉である!

 

 

レイミーの演奏は、1音1音角ばっていて、音の跳躍だろうが同じ音だろうがレガートで歌えないのですが、ヴァン ホーンは大きな跳躍、例えば1:38~の
「sul mio labbro favella il Signor!」という超低音に下がる部分でも響きが落ちない。

声はレイミーの方が太いのですが、響きの高さでは圧倒的にヴァン ホーンが上です。

終始このような感じで、後は最後の高音も、まだ線の細さはありながらもヴァン ホーンの響きは理想的です。
2012年頃は直線的な声だったのに、6年程の間に見違えるように理想的なイタリアオペラを歌う響きになっています。

 

 

 

ヴェルディ ドン・カルロ Ella giammai m’amo

少々テンポが速めで、この曲の持つ雰囲気が他の有名な方の演奏とは違いますが、
数年前までピアノの表現が明らかに抜いた声で響きが貧しく、フォルテとは全然違う音質だったのが嘘のような演奏を聴かせています。
低音でも掘ったような声になることもなく、薄い声でありながらも、高いポジションで解像度の高い旋律線を描ける常にピントの定まった響きはバス歌手としては類を見ないほどではないかと思います。

バス歌手として、ベルカントと言えば必ず名前が挙がると言ってよいシエピすら上回っているのではないかと私は思っているほどです。

 

 

Cesare Siepi

勿論シエピの太く朗々とした声でありながらも、柔軟さのある暖かい響きは他者の追随を許さないものであることは今更私が言うまでもないことですし、どちらが優れた演奏かと聞かれればシエピの方をとるでしょうが、
ヴァン ホーンの響きの高さはシエピにも劣らないものがあり、特に低音ではシエピでも時々響きが落ちる(3:05辺りとか)のに対して、ヴァン ホーンは低音で全く太くならないのですから信じがたい技術を持っていると言えるのではないでしょうか?

勿論、まだまだ声に広がりが欲しい所ですし、ポジションは良いところにハマっていても、もっと高音ではノビが欲しいところではありますが、40代になったばかりという年齢を考えれば、今後さらに声が成熟していくと考えると、歴史に名を残すようなバス歌手になる可能性すらあるのではないかと思います。

是非この人には米国最高のバスになって欲しい!

2020-2021シーズンのメトでは随分と様々な役で出演するようで、フィデリオなんかにも予定されているところを見ると、そのうちヘルデンバリトンとしても活躍が期待できるかもしれませんね!

 

 

 

CD

 

 

 

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