新国立劇場タンホイザー 2019年2月2日 (評論)



2019年2月2日 新国立劇場で行われたタンホイザーの歌手評論になります。

毎度のことではありますが、当たり障りのない万人向けの表現ではないため、
お読み頂く際はご留意願います。

 

 

<キャスト>

指揮アッシャー・フィッシュ

演出ハンス=ペーター・レーマン

美術・衣裳オラフ・ツォンベック

照明立田雄士振付メメット・バルカン

 

領主ヘルマン 妻屋秀和

タンホイザー トルステン・ケール

ヴォルフラム ローマン・トレーケル

ヴァルター 鈴木 准

ビーテロルフ 萩原 潤

ハインリヒ 与儀 巧

ラインマル 大塚博章

エリーザベト リエネ・キンチャ

ヴェーヌス アレクサンドラ・ペーターザマー

牧童 吉原圭子

 


合唱 新国立劇場合唱団

バレエ 新国立劇場バレエ団
管弦楽 東京交響楽

 

 

全ての歌手の声について評論を書くのは難しいため、
ソロがあった歌手のみ取り上げる。

 

 

◆牧童 吉原圭子

この役は、トリスタンとイゾルデの出だしで歌う船乗り同様
まず第一に正確に歌うことが求められる、
出番は少ないが無伴奏で歌わなければならない難しくて重要な役。
さて吉原は、とりあえず無難に歌ったという意味ではよかったのかもしれないが、
歌としては全然だ。

まず、こういう音楽で声が揺れるのは絶対ダメ。
例え音程が合っていても揺れては意味がない。

言葉について
アクセントが全然わからないので、1拍子の音楽に聴こえる上に、
”warm die Sonnen”とか”war kommen”という歌詞の語尾の「en」が横に開いて強くなるという、
ドイツ語のディクション的にも歌唱的にも非常によろしくない状況だった。
この部分だけでドイツ物が得意ではないのがわかってしまう・・・。

 

 

 

◆ビーテロルフ 萩原 潤

声量という面では申し分ない。
ただ、この役はどんな歌い方をしても良い部分があって、
音楽的にはとにかく勇ましく声を当てれば良いとも言えるし、
必要以上に言葉を出してちょっと滑稽さを前面に出してもそれはそれで味がある。
そういう意味で、歌の上手い下手をこの役で判断するのは難しいのだが、
母音、特に開口母音に一々アクセントが付くのはあまりよくない。
例えば”mein letztes Blut”では”ma”、”le”、”te”、”blu”など
後は語頭の二重子音や”w”や”s”の処理が遅い。
”keines Streiches wert”のような部分は”k”だけ強くて他の子音が全然立たなかった。
「お前の安っぽい主張など、取り合う価値すらないわ!」と偉そうに主張するのだから、
こういう部分こそいちいち相手を挑発するように言葉を出してほしい。

 

 

◆ヴァルター 鈴木 准

一幕のフィナーレから、全くアンサンブルに溶けない声がいると思ったらこの人だった。
とりあえず声は通る。
だが、一人だけ全くタイプの違う声で、
はっきり言ってこの人の歌い方を西洋クラシック音楽を歌う声だとは思っていない。

まず、全くレガートで歌えない。
子音を出せばドイツ語に聴こえると思っているのだろか?
一々子音を強く発音するものだから、音楽がブツブツに切れて、
強く発音しても有声子音の長さや色に変化がある訳ではないので、
全然言葉の意味が伝わってくることもない。

声的な面では、鼻に入れ過ぎていて、特に”a”母音は完全に鼻声
更に、高音の”e”母音
”musst du dein Herz”の”Herz”なんかはアマチュア合唱団で高音自慢のおじちゃんがやりそうな、
実に浅くて平べったいワーグナーで絶対出してはいけない音だった。
そういうイタイ役として演じたという受け取り方をしたとしても、アンサンブルを壊す声はやっぱ許されないと思う。

 

 

 

◆ヴェーヌス アレクサンドラ・ペーターザマー

6年前だがローエングリンのオルトルートをやった映像があった。

これを見てもわかるように、細い声で低音もならない上、常に硬い声で揺れている。
声量もなく、悪い意味でソプラノのように軽くて浅いという残念なヴェーヌス。
しかも言葉も全然飛ばないし、時々高音が良い意味でソプラノのように抜ける時もあったが、
全体的に全然役に声が負けている。

そもそもこの人はメゾの声じゃないのではないか?
高音が苦手なソプラノにしか聞こえなかった。
このレベルの外人連れてくるなら日本人が歌った方がまだ良い。

 

 

 



 

 

 

◆領主ヘルマン 妻屋秀和

今回の公演でケールの次に良かった。
何が良いかと言えば、全ての母音の響きが統一されていて、
音域によって響きにバラつきがないこと。
そんな訳で、2幕の歌合戦を宣言する場面が実に素晴らしかった。
今回の演奏会でローマ語りの次に良かった部分。

ただ、レチタティーヴォに近いセリフのような部分は非常に説得力があるのだが、
2幕のフィナーレ(タンホイザーにローマ行きを命ずる場面)
のような、イタリアオペラチックなメロディーを歌うとレガートの甘さが気になる。
そういう部分で歌い方を変えられれば言うことはない。
今まで私が生で聴いたタンホイザーで一番良いヘルマンだった。

 

 

 

◆ヴォルフラム ローマン・トレーケル

トレーケルを聴いたのは久々だが、こんな声だったか?
アメリカ人バリトンに多い、少し掘り気味で鼻の響きを増幅した歌い方をする。
シェリル・ミルンズみたいな発声

シェリル・ミルンズ

 

ローマン・トレーケル

声は暖色で役柄には合っているのかもしれないが、
掘ってる分声に芯がないのがどうも気に入らない。
やはりアンドレアス・シュミットのように真っすぐ言葉が飛んできてほしい。

結局こういう発声をすると、ピアニッシモが抜いたような声になって緊張感のない音になってしまう。
舞台の遠くまで飛ぶピアニッシモにするには、真っすぐに正しいポジションに息を通し続けるしかない。
トレーケルの歌い方では音程によって母音の響きが変わってくる。
ただ、流石はリートのスペシャリストだけあって、言葉の歌い回しは流石だったのだが、
如何せん、前言の通りピアニッシモが抜き過ぎて飛ばないので、新国規模の箱で聴くには良さがわからない。
もっと前に響きのポイントがこないと広いホールでは後ろまで言葉が飛ばない。

 

 

◆エリーザベト リエネ・キンチャ(Liene Kinča)

ラトヴィア出身のソプラノらしく、あまりまだ情報はないのだが、
この映像でジークリンデを歌っている

(48分~ヴァルキューレ1幕フィナーレ)

こちらの映像を見て頂ければわかる通り、この人はドイツ語に全く色がない。
意味わかって歌ってるのか?
とりあえず、よく通る声なので声量はあるように聴こえるが、全く子音が飛ばない。

発声的にもかなり危険。
ラトヴィアのソプラノと言えば、某有名指揮者の妻としてデカい役をやりまくってるkristine opolais という人がいるが、
声質は良く似ている。

一瞬聴いた感じでは、硬質でクリスタルのように透き通って強い声でいいな~。
と思う部分もあるのあが、実際は喉に頼った歌い方で柔軟性が皆無。

その理由として、
このキンチャという人は、高音で喉に引っかかることがよくある。
男声で言えばケロるとか言うけど、裏返りそうになる状態。
今日の演奏では、登場のアリアの出だし

Dich, teure Halle, grüss’ ich wieder,
froh grüss’ ich dich, geliebter Raum!

の”froh”でやらかしてしまった。
強い声だが、決して太きくはなく、低音域は全然鳴らない。
鳴らないという表現だと語弊を生むのではっきり言っておくが、
響きが全部落ちているから響かない。
高音もポジションが全部喉なので、全ての音域が喉で処理されているということ。
そんなんだから高音も別に強いわけではなく、アリアのハイCはずり上げて何とか出した感じ。

こういうレガートができなくて、言葉が全く聞こえないという歌手なので、
終幕のエリーザベトの祈りは苦行だった。
高い音だけデカい声で低音は聴こえない。
ここまで言葉の聞き取れない歌手も近年珍しいくらい、
どこを歌っても音色も子音のスピード感も変化がない非常に残念な歌手だった。
よかったのは無駄なヴィブラートがなかったことと、持ち声が役に合っていたことくらい。

 

 

 

 

◆タンホイザー トルステン・ケール

死の都以来の来日。
この人については過去記事で紹介している通り、全盛期を過ぎて声に衰えが見えてきた部分はある。
ただ、この人には絶対的に安定している”i”母音がある。
私の記事を今まで読んでくれている方ならコレでピンとくると思いますが、
”i”母音が正しいポジションにハマるので、大きく崩れることがない。
逆に、それに頼り過ぎて”e”母音が開口でも全体的に閉口の”e”になってしまって
「エリーザベト」も「イリーザベト」に限りなく近い発音をしている。

逆に開口母音は苦手のようで、一般的にパッサージョと言われる、
F~G辺りで”a”母音がくると失敗する率が高い。

バイロイト2018タンホイザーより

 

”O Königin, Göttin! Lass mich ziehn!”
という歌詞の、”lass”が絶対変なとこに入ってしまう。
2014年のバイロイトも、勿論本日の演奏でもそうだった。

だが、繰り返すが”i”母音はブレない。
コレをパワーで出してように聴こえる人もいるかもしれないし、
実際、開口母音は力んだ感じになってしまっている場面が散見(散聴)されるが、
”i”母音に関しては細い所に息が通って歯が振動している。
全ての母音をここに揃えられれば超一流歌手なんだけどな~。と思ってしまうのだが。

とは言え、今回とにかく素晴らしかったのおはローマ語り。

この表現だけ聴いて頂いただけでも、
エリーザベトを歌ったキンチャがいかに音色も言葉も皆無の棒歌いそのものかがお分かり頂けると思う。

ケールも声で歌う歌手ではあったが、このローマ語りは言葉で歌っている。

こちらが2014年のバイロイト

明らかに現在の方がレガートで言葉として歌えている。
「ローマ歌い」ではなく、「ローマ語り」になっているのだ。

本来ならここに対訳を載せて味わって頂きたいところだが、
歌詞が多くて文字数的にも大変なことになるため、
歌詞が気になる方はコチラを参照

結論として、ケールは確かに声は全盛期から比べれば衰えはあるかもしれないが、
歌は確実に上手くなった。
少なくともタンホイザー役は2014年より全然よくなっていると断言できる。

 

 

 

<総評>

今回は女声陣が全体的に弱かった印象。
何にしても、ドイツ語は子音を強く発音すれば良い。
みたいな考え方の歌手は一秒でも速くその考えを改めた方が良い。
重要なのはどうやって子音と子音を息でレガートに結ぶかだ。

母音に関して言えば、”a”母音が今日の出演者は全滅
大体喉に落ちるか鼻に掛かるかの二択で、どの音域でも正しいポジションで”a”母音をハメられる歌手はそういない。
響きの高さという部分では、ケールが断トツ。
上の前歯~硬口蓋の共鳴を得られる”i”母音の重要性を再認識させられた。

発声の安定感という面では、妻屋が一番光った。
ただ、全体的に歌い過ぎなので、もっと良い意味で抜くべきところで抜くことを覚えてほしい。

 

最後に、ここでは声楽以外の部分は書かないつもりでしたが、演出に一言
最後のヴェーヌスが去る場面。
救済の合唱の中でリフトが下りる音が聞こえるのはマジで興ざめした。
少しは考えろと言いたい。

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