海賊版の女王と呼ばれたソプラノLeyla Gencer

 

Leyla Gencer(レイラ ジェンチェル)1928~2008はトルコのソプラノ歌手。
EIMがカラス、DECCAがテバルディをヒロインに起用してレコードを盛んに出していた時代の影のヒロインとして、
海賊版の主役として登場していたという、事実なのか都市伝説なのかよくわからない話から、
海賊版の女王の異名を持つのがこのジェンチェルである。

海賊版とは言っても実力は本物。
本来はベルカント作品を中心に歌うようなリリックな声質ながら、強い独特の中低音を持ち、
アイーダも無理なくこなしてしまうというとんでもない歌手。

 

 

 

ドニゼッティ ランメルモールのルチア 狂乱の場

まずは若い頃の演奏。
非常に軽い声で典型的なコロラトゥーラを主戦場とするハイソプラノの声である。
しかし、ほぼ同じ時期の演奏でトロヴァトーレのレオノーラを歌うと全く違う歌い方をする。

 

 

 

ヴェルディ トロヴァトーレ Tacea la notte placida

私はこの映像が本当に歌っているようには見えないのだが・・・
本当にこの映像の口の開け方でこの声が出るとはちょっと思えない。
それはともかく、ルチアとは全く別人の声である。
この人の声は不思議で、決してレガートが綺麗にできている訳ではないのだが、
超高音は本当に美しく響き、やや作った感じはあるにせよ、被せた声にもそこまで違和感がない。
言葉の明瞭さには欠けるが、コロラトゥーラの技術やディナーミクは申し分ない。
この人も実に特殊な楽器を持って生まれた歌手なのだと思わざるを得ない。

 

 

 

 

 

ヴェルディ 仮面舞踏会 Morro, ma prima in grazia

こちらが1961年(33歳)の演奏
線は決して太くないが、暗めの音色と密度の濃い響きで、とても30代前半の歌とは思えない。
ハッキリ言って発声という面だけ見れば、決して万人が参考にすべき歌手とは言えないような部分がある。
例えば、低音で完全に響きを胸声にチェンジしてしまうところや、
言葉を犠牲にした表現、
息のアタックが強過ぎて、時々喉に負荷がかかったような割れた声になるところなどだが、
それを差し引いても、響きが乗った時の表現はやはり一流だし、
どんな重い役を歌っても、決して高音は重くならない。
それだけ、どんな歌い方をしても、基本的なフォームは崩さずに歌えているということだろう。

 

 

 

ヴェルディ ナブッコ  Ben io t’invenni

こちらは1974年の演奏
やはり持声に頼った歌い方をしていると、40代半ばで既に全盛期を過ぎた声になっている。
所々で声が破綻しかけている危うさがある。
本来はそこまで重くない声を、無理にかぶせて暗めに作って歌っていたことの弊害は、
ジェンチェル程の楽器を持ってしても50歳までも持たないということがここでわかる。

 

 

 

ドニゼッティ A mezzanotte

1985年の演奏。
かなり抜いたような歌い方に終始しており、歌詞が殆ど聞き取れない状況ではあるものの、
一つの表現としてはしっかり成立している。
現在のスター歌手が落ちぶれていく様のように、
ただただ抜くか叫ぶの二択しかできないステロイド依存の症状とは全く違う。
声が衰えても、それなりの表現を模索して表現に反映させたという面では、
ジェンチェルは頭の良い演奏家だったことがわかる。

若くして大役を次々に歌いながら、
劇的な表現、レパートリーに固執せずにマイナーチェンジできるというのは、
プリマドンナであれば尚更、簡単ではなかったであろう。何と言っても周りが大役、大曲を期待するのだから・・・。
そんなことを考えながら、ジェンチェルの声の移り変わりを見るだけでも学べることがあるのではなかろうか。

 

 

 

CD

 

 

 

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