現在のマリンスキー劇場の歌手達(その1)


ロシア人で世界的に活躍している歌手は沢山いるが、
マリンスキー劇場を主戦場としているロシア人歌手達の実力はあまり話題にならない。

ヨーロッパや米国の有名劇場の歌手よりランクが落ちるという見方なのかもしれないが、
少なくともイタリアの歌劇場のレベルは既報の通りである。

 

◆参考

イタリア人歌手の発声がかなり危機的な状況である証拠(ソプラノ編)

イタリア人歌手の発声がかなり危機的な状況である証拠(テノール編)

 

そこで今回は、2019年シーズン現在でマリンスキー劇場に所属している歌手を
何回かに分けて紹介していこうと思う。
本日はその一回目で、ソプラノ歌手を取り上げる。

 

 

 

Zhanna Dombrovskaya
曲目 Caucasus(コーカサス)

誰の作曲か今一つわからないのだが(恐らくイゴール・バラキレフという人)、無茶苦茶キレイな曲だ。
Dombrovskayaの声は、やや硬さはあるものの、発音は明瞭でレガートで歌えているために
旋律美を損なうことがなく、素朴な旋律の良さを損なうことなく聴衆に伝えることが出来る歌手である。
課題は中低音でクネーデル(奥を詰めた感じの声)になってしまうこと。
それが解消されれば、真っすぐな響きで澄んだ響きの実に良いリリックソプラノになる。

 

 

 

Anastasia Kalagina
グノー ロミオとジュリエット Je veux ivre

ジュリエットのワルツ
軽いソプラノの定番曲であるが、ここまで大人な響きのジュリエットはそういない。
全く響きに鋭さがなく、丸みのある響きで常に歌えているのは確かな歌唱技術があってこそできること。
現在スター街道まっしぐらのGarifullinaと比較すると響きの違いがわかる

 

 

Aida Garifullina

普通に聴いただけだと違いが分かり難いかもしれないが、
例えば中間部のテンポがゆっくりになる部分
Kalagina(2:25~2:49)
Garifullina(2:23~2:50)

GarifullinaとKalaginaの違いは響きの奥行。
単純にGarifullinaの声が細いことが理由ではなく、高音と低音の響きの質が違っていることが問題である。
Kalaginaはこの部分で全く響きの質が変わらないの対して、
Garifullinaは低音で響きがなくなる。
中低音で声を押す癖がないだけ音楽の流れを遮ることはないが、
響きが貧しくなるのは否めない。
これは中低音だけでなく、高音にも言えることで、
Garifullinaの場合はやや喉が上がっているような、鋭い響きになるのに対して、
Kalaginaは喉に全く負荷が掛かっていない響きだ。(最高音はちょっと外れているが)
そこまで大きな違いがないように聴こえるかもしれないが、オペラ全曲をやるとこの違いは決定的になる。
セリフやレチタティーヴォをより効果的に劇的に表現するためには、
軽い声のソプラノであっても、このような中低音で響きを維持する技術は重要なのである。

 

 

 

 

 

 

Olga Kondina
Hプロッホ ヴァリエーション(Deh! torna mio bene)

1958年生まれの歌手で、この演奏は1994年なので、現在はこのような声ではないが、
それにしても、ここまで完成度の高いハイソプラノがいたとは驚かされる。
この人は近現代でトップレベルのコロラトゥーラ技術を持ったソプラノかもしれない。
なお以下が2010年の演奏会の映像。

 

 

何と洗練され、全く無駄のない響きだろうか?
どの著書だったかは忘れたが、「古き良きベルカントはロシアに伝承された。」
と書いてあったのを見たことがあったが、その当時は全く信じていなかった。
実際にパワーで押す歌手が多く有名になっていたのだから無理もないと言い訳をさせてもらいたいが、
もしかしたら、ロシア国外で好まれたのが、そういう力任せに声を張り上げる歌手で、
このような洗練された歌唱が逆にヨーロッパや米国で受け入れられていないだけだった?
という可能性すら疑いたくなってしまう。

ただ、今時シューベルトをロシア語で歌うような歌手は世界で受け入れてもらえないというだけなのか・・・。
ドイツ語できたら素晴らしいリート歌手になっていただろうに。

 

 

 

Oxana Shilova
ドニゼッティ ランメルモールのルチア Il dolce suono

ロシア国内ではかなり人気の出ている歌手のようだが、やはり声が硬い。
この曲ではピアノの表現が殆どなので、あまりわからないかもしれないが、
フォルテにすると如実に悪い癖による弊害は姿を現す。

 

 

喉が強いのだろう。
自然な広がりを持った倍音のない声だと、どうしても言葉も前に飛ばない。
上に紹介したOlga Kondinaの響きと比較して頂ければその違いがよく分かると思う。

 

 

 

Victoria Yastrebova
プッチーニ ラ・ボエーム Si mi chiamano mimi

ロシアの歌手は往々にしてこんな感じだと思っていたが、
意外と少なかった。
持っている声は素晴らしいのだが、兎に角何を言っているかわからない。
ピアノの表現も一応してはいるが、これも直線的で流れの中で処理できている訳ではないので不自然さがある。

 

 

こんな感じで、ここに紹介していない歌手も含めて、
マリンスキー劇場に所属しているソプラノ歌手を手あたり次第聴いたが、
力任せに歌う歌手は数えるほどしかおらず、多かったのは美しいが硬い響きの歌手。
どうしても喉が上がったような奥行の狭い響きの歌手が多い印象を持ったが、
面白いことに変なヴィブラートの掛かっている歌手は皆無と言って良い状況だった。
この点では、明らかにイタリア人ソプラノより質が高い。
ロシア語は子音の多い言語なので声が硬くなり易いのかもしれないが、
Anastasia Kalaginaのような歌手が出て来ていることはとても良い兆候だ。

他の声種ではどのような傾向がみられるのか
次回はメゾ・ソプラノ歌手を紹介していく予定です。

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