まさに天上の響きと呼ぶに相応しい清らかな響きを持つソプラノMarelize Gerber

Marelize Gerber(マレリーゼ ゲルバー)は南アフリカで生まれたウィーンのソプラノ歌手(と彼女のHPには書かれている)

声はタイトルに書いた通り、天使の歌声という言葉を聴いた時、多くの人が想像するであろう声を彼女は持っています。
よって、レパートリーはバロック~モーツァルトということだそうですが、こんな純粋に美しい響きのソプラノはそういるものではありません。
この声だったら例え歌詞のついている曲を全部ボカリーズで歌っても、器楽として十分満足できる美しさだと思います。

 

 

 

バッハ カンタータ Wir eilen mit schwachen
カウンターテノール Terry Wey

あまりドイツ語を歌っているようには聴こえないのですが、
音楽として非常に心地よい響きで、2人のハーモニーが寸分の狂いもなく、声質の調和も取れていて素晴らしい完成度で全く退屈しません。

どうもバッハっぽくないバッハだなぁと思ったら、器楽はイタリアの室内楽団Concertino Amarilliというところでした。
他の演奏だとこんな感じ

 

 

 

ソプラノ Julia Neumann
アルト Margot Oitzinger

ゲルバーとウェイの演奏の流れもさることながら、オケの表情が全然違うというのも大きな要素であることが分かって頂けると思います。
下の演奏は、ただ速いだけでオケが漂白剤ぶっ込んだみたいにただ伴奏に徹していて無表情。
それ故に歌に全然絡んできません。
ピアノ伴奏だったら、こういう伴奏弾くピアニストはホント嫌い・・・というか何を表現したいのかが見えない、そもそも表現したいものがあるのか?
みたいな音楽って演奏してても聴いててもイライラしません?(爆)

愚痴はこれ位にして、重唱では技術やアンサンブル能力は分かっても、純粋にゲルバーの声をゆっくり聴けないので、独唱曲でゲルバーの声については聴いていきましょう。

 

 

 

 

 

モーツァルト ハ短調ミサ Et incarnatus est

オーボエは肉声に近い音の楽器だと言われるのですが、この演奏を聴いていると、
オーボエの音質とゲルバーの響きの調和が絶妙過ぎて、彼女の声が倍音の中に溶けているようにすら聴こえてくる部分があります。
声帯はマウスピースのようなものだ。と言われたことがあるのですが、
なるほど、ゲルバーの演奏を聴いていると、本当に木管楽器のように、ただ純粋に息が通り抜けていくだけで、
「より豊かな響きにしてやろう。」とか、
「もっと前に言葉を飛ばそう。」とか。
「もっとピアニッシモを聴かせよう。」といった歌手なら大なり小なり誰もが持つような欲が一切感じられない。

もっとスカンっと前に響くポイントがもう少し開拓されると良い。とか、もっと低音が高いポジションで鳴って欲しいとか、中音域、特に高音から下行してきた音型では鼻に入り易い。とか・・・、
総合的に見れば課題がないわけではないと思いますが、それを差し引いても、
オケとのバランスを絶妙に調整しながら、曲全体を俯瞰してオケの中の一部として声があるような演奏ができる。ゲルバーは声が美しいだけでなく、本当に優れたアンサンブル能力を持った歌手だと思います。

 

 

 

 

ラモー インドの国々 Musettes, résonnez

モーツァルトのミサとは違って、ここではヴィブラートを所々かけたり、
低音域では喋り声に近いポジションで歌ったりと柔軟な歌唱を聴かせていますね。

 

 



 

 

 

ラモー インドの国々 Prologue

全体的に穴のない歌唱をするゲルバーですが、
あえて気になるところを挙げると、音の頭があまり立たずに音の真ん中を膨らませる傾向があること。
柔らかい息遣いは見事ですが、音の頭がスパっと入れないので、例えば冒頭で紹介したバッハの演奏でもドイツ語らしく聴こえない要因には「schwachen」みたいな単語の頭が弱いことがあると思います。

 

それにしても、この人は全然音源がYOUTUBE上にないですね。
コンサート歌手としての活動が中心の歌手はどうしてもそうなってしまうのかもしれませんが、
こういうタイプの歌手こそ日本ではもっと取り上げられて欲しい。

もともと持ってる楽器が違う歌手をお手本にするより、ゲルバーのような小さい声で響きだけを使って歌う歌唱の方がよっぽど学生なんかには参考になりますからね。

 

 

 

コメントする