リリックテノールの理想形 Josef Protschka

Josef Protschka (ヨゼフ プロチュカ)は1944年チェコ(ドイツと書かれることもある)生まれのテノール
個人的に最も好きなリリックテノール。

ピアノ伴奏の名手ヘルムート ドイッチュと組んだリートはいずれも名盤で、
オペラでも、非常に丁寧な歌い回し、癖のない発声、明確な発音と粗を探す方が難しい歌手

モーツァルト 魔笛 Dies Bildnis ist bezaubernd schön(何と美しいこの絵姿)

私の中で、良いテノールを判断する上で、
この魔笛のアリア、ドン・ジョヴァンニのオッターヴィオのアリア、
ドニゼッティの愛の妙薬のアリアを上手く歌えるかどうかは一つの基準になっている。

バリトン上がりのテノールは別にして、大抵のテノールであれば、これらのアリアは避けては通れない。
ヘルデンテノールだろうが、ドラマティックテノールだろうが、
若い頃はほぼどれかは歌っているのである。

さて、そこで見ればプロチュカの演奏は完璧と言って良いレベルでではなかろうか!?
レガート、言葉の出し方や強弱の付け方、声の適正、
もっと速めのテンポでスッキリ歌う方が好き。とか、もっと軽い声の方が良い・・・など。
そういう好みの問題はあるにせよ、技術的な部分で不備は見当たらない。
※歌詞を間違えている箇所があるけどそれは上手い下手とは別問題。

 

歌っている曲については、調べてもよくわからないのだが、
この演奏は全盛期のものだ

ヘルデンテノールとしてもやれるのではないか?
と思わせる力強さと歯切れのよさがある。

 

そんなプロチュカだが、やっぱり最初に書いた通り、
一般的にはリート歌手(コンサート歌手)として知られている。

リスト ウィリアム テルからの3つの歌曲(漁師の少年、羊飼い、アルプスの狩人)

ここに対訳も一緒に載せるので、じっくり聴いて頂きたい。
なお、ピアノはヘルムート ドイッチュ。
最初の曲の前奏から引き込まれる美しさ、やはりこの人の伴奏は素晴らしいの一言しか出ない。

1 Der Fischerknabe 1 漁師の少年

 

Es lächelt der See,er ladet zum Bade,
Der Knabe schlief ein am grünen Gestade,
Da hört er ein Klingen,wie Flöten so süß,
Wie Stimmen der Engel im Paradies.
Und wie er erwachet in seliger Lust,
Da spielen die Wasser ihm um die Brust.
Und es ruft aus den Tiefen: Lieb’ Knabe,bist mein!
Ich locke den Schläfer,ich zieh ihn herein. 

湖はほほえみ、水浴びせよと誘いかける
少年は緑の岸辺で眠りに落ちた
すると彼には響きが聞こえた、甘い音色のフルートのような
天国にいる天使の声のような響きが
そして彼が至福の喜びの中で目覚めたとき
湖水は彼の胸のあたりまで浸していた
そして深いところから呼び声がした:いとしい少年よ、我がものよ
われは眠りし者を誘い、底へと引き込むのだ.. 

2 Der Hirt 2 羊飼い

 

Ihr Matten,lebt wohl,
Ihr sonnigen Weiden!
Der Senne muß scheiden,
Der Sommer ist hin.Wir fahren zu Berg,wir kommen wieder,
Wenn der Kuckuck ruft,wenn erwachen die Lieder,
Wenn mit Blumen die Erde sich kleidet neu,
Wenn die Brünnlein fließen im lieblichen Mai.

Ihr Matten,lebt wohl,
Ihr sonnigen Weiden!
Der Senne muß scheiden,
Der Sommer ist hin.

 

お前たち草原よ、さようなら
日当たりの良い牧場よ!
この牧人は別れねばならぬ
夏は終わったのだわれらは山に行き、われらは再び戻ってくる
カッコウが呼びかけ、歌が目覚めるとき
花で大地が装いを新たにするとき
泉が流れる 美しい五月には

お前たち草原よ、さようなら
日当たりの良い牧場よ!
この牧人は別れねばならぬ
夏は終わったのだ

 

3 Der Alpenjäger 3 アルプスの狩人

 

Es donnern die Höh’n,es zittert der Steg,
Nicht grauet dem Schützen auf schwindlichem Weg.
Er schreitet verwegen
Auf Feldern von Eis,
Da pranget kein Frühling,
Da grünet kein Reis;Tief unter den Fußen ein nebliches Meer,
Erkennt er die Städte der Menschen nicht mehr;
Durch den Riß nur der Wolken
Erblickt er die Welt,
Tief unter den Wassern
Das grünende Feld.

 

高みには雷鳴がとどろき、小道は震えるが
狩人には目のくらむような道も恐ろしくはない
彼は大胆に歩いてゆく
氷の野原の上でも
そこは春が輝くことはなく
そこは小枝が緑萌えることはない足元の下には深い霧の海
人々の住む町はもはや見えない
雲の切れ間を通してのみ
彼は世界を垣間見る
はるか下の底には
あの緑の野原だ

 

オペラアリアも上手いのだが、
プロチュカとドイッチュのコンビによるリートは遺産レベルの名演奏だと私は思っている。

最後に有名なメンデルスゾーンの歌曲 Auf Flügeln des Gesanges   (歌の翼に)

口の動きに全く無駄がない。
全てが呼吸をするように自然に表現されている。
彼は過剰な子音の強調をせず、必要以上に特定の言葉を立たせるようなこともしないので、
ボストリッジ的な演奏。つまり演劇的な要素の強いリート歌唱に馴染んだ耳の方には少々退屈かもしれない。

リートという言葉の起源が詩の朗読会だったことを考えれば、そういう解釈も正しいと言えるが、
歌唱芸術として評価する場合、声を犠牲にするような表現を避けて、
あくまで声楽的な声で終始一貫して表現できる範囲を逸脱しない。
という歌唱スタイルを個人的には評価したい。

理由は簡単で、
声楽家であるならば、歌手としての寿命を縮めるような歌唱スタイルを避け、
長く声を保つことができる歌唱表現をすることが重要だからである。

 

Gesの音を”a”母音で出しているところ

 

Asの音を”i”母音で出しているところ

常に表情、舌がリラックスしていて、その一方で奥がしっかり空いているのがわかる。

 

 

お勧めCD


ヴォルフの歌曲、白井光子と一緒に歌っている。


アーノンクールの天地創造
グルベローヴァと組んだこの曲の録音の名盤


ドイッチュとの「水車小屋の娘」の名盤
※ただ、恐らく廉価版のCDが存在するはず

 

2件のコメント

  • 森 貴和 より:

    水車小屋で、最も好きな録音ですが、6曲目などに音程のぶら下がりなど、音程はF=ディースカウなどと比べると、多少あまい感じはします。しかし、最も共感できる演奏に間違いありません。

    • Yuya より:

      森 貴和さん

      コメントありがとうございます。

      水車小屋は様々な録音があり、
      演奏スタイルでは演劇的な表現をするもの、装飾音を自由に付けて演奏されるもの、
      伴奏では、ピアノフォルテ、あるいはリュートやギターを用いたものなど様々で、好みが本当にわかれると思いますけど、
      この曲集をあまり知らない方に勧めるなら、個人的にプロチュカの演奏が一番理想的だなと思っています。

      若い頃は、どんな演奏が正しいとか、シューベルト本人の意図に沿っているなんてことを考えていましたが、
      結局のところ、そんな議論をするのは無意味だと思うので、逆に様々な演奏スタイルを許容できることに水車小屋という作品の偉大さがあんじゃないかと考えるようになりました。

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