完成された発声技術を持ちながら尚も大きな可能性を秘めたバス Mirco Palazzi

Mirco Palazzi(ミルコ パラッツィ)は1978年イタリア生まれのバス歌手。

ロッシーニ音楽院で学び、2000年頃からコンサート歌手としての活動を主に行っていたようです。
オペラでは主役級をやるようになったのは2011年にドン・ジョヴァンニのレポレッロを歌ってからだと思います。
主に宗教音楽のソリスト、スカルラッティなどのイタリアバロック作品~モーツァルトやロッシーニを得意としているようです。

声は軽く明るい音色ですが、バスとしての厚みのある響きを持った珍しい歌手で、
非常に高い発声技術を持っているので、歳を取って声に深みが増せばどれほどの歌手になるのか楽しみな逸材です。

 

 

 

モーツァルト ドン・ジョヴァンニ Madamina il catalogo è questo

この演奏は詳しい年代はわかりませんが、2011~2014のどこかであることは確かです。
聴いての通り、良い声ではありますが、結構太い声でまだまだレガートの技術は不十分と言えます。
しかし、面白いことに歳を追うごとに焦点が絞れてきて、細くも芯のしっかりした解像度の高い響きになっていきます。

 

 

 

モーツァルト フィガロの結婚 Non più andrai farfallone amoroso

こちらは2015年の演奏。
録音状況の違いも勿論あるでしょうが、それでも明らかに上のレポレッロに比べてフィガロの声は響きの焦点が明確になって、音程や発音によるブレがんくなっています。
一番最後のVttoriaの「to」で少しひっかかりましたが、それ以外はほぼ安定して歌えていて、発音も大変明確です。

何が良くなったかと具体的に言えば、”a”母音の響きが落ちなくなったことだと思っていて、
例えば「La piccina」を何度を言う場所(カタログの歌の3:15~3:27)で、語尾の「na」を押してしまう癖がありました。
それによって、一生懸命喋ってる感じが助長されてしまって、表現に落とし込むことができていませんでしたが、フィガロの演奏ではそういった癖が修正されています。
これによって音楽も途切れなくなり、レガートがよりスムーズになった。
と私は分析しています。

 

 

 

 

モーツァルト ドン・ジョヴァンニ 二重唱 Là ci darem la mano
ソプラノ Giuliana Gianfaldoni

こちらは2017年の演奏で、ここではジョヴァンニを歌っています。
レチタティーヴォはリリックなバリトンのように柔らかいピアノの表現ができ、重唱ではバスらしい線の太い堂々とした声と、低音でも解像度の落ちない発音を聴かせています。

しっかりした響きの低音でありながら、聞き取り易い発音で歌うことは大変難しいのですが、それが出来るのがパラッツィの素晴らしいところです。
これは響きが落ちない、細くて焦点の絞れた響きだからこそ可能なことで、
太くて解像度の低い声では何を言っているのか全くわからなくなってしまいます。

バスは持って生まれた楽器への依存が大きく、テノールやソプラノに比べれば発声技術はあまりいらない。
と考えている方がもしいらしたら、それは全く違います。

バスの良い低音は、テノールの良い高音と同じようなポジションで歌うことが求められので、ものすごく繊細なブレスコントロールが必要です。
更に、低音は楽器さへ持っていれば変な歌い方をしてもそれなりの声が出てしまうので、間違えに気付くことが難しいです。

高音なら、そもそも音が出せなかったり、喉声になったり、あるいはファルセットに毛が生えたような芯の無い声だったりすれば間違っていることに気付けますが、
太くて強い低音が出ている人が、自分の声に疑問を持つことは難しいでしょうし、
気付けても、それを薄く焦点の定まった響きに調整していく。という作業は、出ない音を出せるように訓練する以上に難しい作業ではないでしょうか!?

だからこそ、先日来日したダルカンジェロのような良いバス歌手はそうそう出てこないのだと思います。

 

 

 

 

Mirco Palazzi: Recital al Misano Piano Festival

G. F. HANDEL – The Messiah
1. -Thus saith the Lord | But who may abide

W. A. MOZART – Aria da concerto K 612
2. -Per questa bella mano – (5:57)

OTTORINO RESPIGHI
3. – L’Udir talvolta (Giovanni Boccaccio) – (13:08)
4. – Ma come potrei (Giovanni Boccaccio) – (14:31)
5. – Ballata (Giovanni Boccaccio) – (16:21)
6. – Minuetto (da sei brani per pianoforte solo) – (18:25)
7. – Sopra un’aria antica (Gabriele D’Annunzio) – (22:24)
8. – La sera (Gabriele D’Annunzio) – (27:58)
9 – Notte (Ada Negri) – (32:48)
10. – Notturno (da sei brani per pianoforte solo) – (37:00)

JACQUES IBERT – Quatre chansons de Don Quichotte
11. – Chanson du départ – (43:45)
12. – Chanson à Dulcinée – (46:57)
13. – Chanson du Duc – (49:58)
14. – Chanson de la mort – (51:42)
15. – La petite âne blanc (pianoforte solo) – (55:11)

MAURICE RAVEL – Don Quichotte à Doulcinée
16. – Chanson romanesque – (58:19)
17. – Chanson épique – (1:00:17)
18. – Chanson à boire – (1:03:27)

FRANZ SCHUBERT – Drei Gesängen, D 902
19 – L’incanto degli occhi – (1:06:42)

GIUSEPPE VERDI – Simon Boccanegra
20. – Il lacerato spirito – (1:10:30)

ROBERT SCHUMANN – Myrthen Lieder, Op. 25
21. – Du bist wie eine Blume – (1:16:21)

JEROME KERN – Show Boat – (1:19:18)
22. – Ol’ man river

MAURICE RAVEL – Don Quichotte à Doulcinée
23. – Chanson à boire – (1:24:22)

 

この演奏会は素晴らしいです。
レスピーギの歌曲にはあまり感銘を受けたことがなかったのですが、
イタリア人オペラ歌手がとりあえず声慣らしに歌ってるという程度のものでなく、
芸術歌曲として昇華された演奏をしています。

特に気に入ったのは「Notte」(夜)

 

<歌詞>

Sul giardino fantastico
Profumato di rosa
La carezza de l’ombra
Posa.

Pure ha un pensiero e un palpito
La quiete suprema,
L’aria come per brivido
Trema.

La luttuosa tenebra
Una storia di morte
Racconta alle cardenie
Smorte?

Forse perché una pioggia
Di soavi rugiade
Entro i socchiusi petali
Cade,

Su l’ascose miserie
E su l’ebbrezze perdute,
Sui muti sogni e l’ansie
Mute.

Su le fugaci gioie
Che il disinganno infrange
La notte le sue lacrime
Piange…

 

 

<対訳>

幻想の庭に
バラは香り
影の愛撫が
たちこめています

けれどここにも思いと感動が
この気高き静けさにも
大気は震えるように
揺れています

哀しみにくれた暗闇は
死の物語を
クチナシの花たちに語るのでしょうか
この蒼ざめたものたちに?

たぶん雨の
甘いしずくが
半分閉じかけた花びらの上に
滴っているのです

秘めた苦悩や
なくした喜びの上に
語らぬ夢や不安
黙せしものの上に

逃げ去ってゆく喜び
幻滅が破壊せしものの上に
夜はその涙を
注ぐのです

 

浮遊感のあるピアノ伴奏と拍節感を感じさせない滑らかなフレージング、
その中で言葉が静けさと力強さを持って語られるように歌われる様は、
ドイツリートに感じる言葉のリズム感とも、フランス歌曲に感じる色彩感とも違う、
イタリアにもしっかりした芸術歌曲があるんだという主張を感じることができました。
レスピーギ、Nebbie(霧)ばっかテノールは歌うので、そのイメージが強くて、あまり好きになれませんでしたが、少し勉強してみようかな?
という気にさせてくれました。
パラッツィの演奏に感謝!

あぁ、でも
イタリア物を歌うには、呼吸が理解できて、絶対叩きつけるようなフォルテを出さないピアニストじゃないとダメなんですよね~。
ここでピアノを弾いてるClelia Noviello Tommasinoは本当に素晴らしい音を出しています。

 

さて、パラッツィの声ですが、
最初のヘンデルで聴かせるアジリタから、
高音で聴かせる豊かな響きと、そこから連動しているピアノの表現は、高い発声技術によってこそ可能だと言えるでしょう。
イベールの歌曲とか、フランス物では少々響きが厚くなってしまって、彼の持ち味である解像度の高い響きややぼやける感じはありますが、それでも上手いことには変わり有りません。

唯一のドイツ物であるシューマンは、ピアノの表現にすると”i”母音が籠るので、それも含めてもっと細い響きを持って更に前で言葉をさばく必要があると思いますが、それでも歌の上手さはゆるぎません。

このように、総じて丁寧な歌唱でありながら小さくまとまることなく、
暖かく強い声と、豊な感性を備え、発声技術に関しても低音~高音までムラなく安定した響きでディナーミクをこなし、アジリタもしっかりできる。
このリサイタルを見て頂くだけでも大変素晴らしいバスであることが伝わったかと思います。

現在40代前半ということで、バス歌手としては、これから声が成熟していくことを考えれば、まだまだ今が絶頂期ではないと思いますので、
今後どんな歌唱を聴かせてくれるのか本当に楽しみです。

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