現在のマリンスキー劇場の歌手達(その3)

2019シーズン現在のマリンスキー劇場の専属歌手を紹介する企画の3回目はテノール。

 

◆過去記事はこちら

現在のマリンスキー劇場の歌手達(その1)

現在のマリンスキー劇場の歌手達(その2)

 

ロシア人テノールはあまり特徴がない。
これは悪い意味ではなく、他の声種に比べて癖がない印象で、
特に重い声の歌手が多いわけでもなく、硬い声、発音が不明瞭な歌手が多い訳でもなく、
Dimitry Korchakに代表されるようなリリックで柔軟性のある歌手に良い歌手が出ているのが不思議である。

 

 

 

Evgenii Akhmedov
チャイコフスキー エフゲニー・オネーギン Lensky’s aria
ドニゼッティ 愛の妙薬 Una furtiva lagrima

多少鼻声よりで響きが上がりきらない感はあるが、
柔軟性のある声と表現をもった良いリリックテノール。
ただ、あまりディナーミクの付け方は今ひとつで、
軽い声ながら、あまりピアノの表現は得意ではないのか、
緩急のないやや拙さ音楽作りを改善することが今後の課題か。

 

 

 

Vasily Gorshkov
ワーグナー ラインの黄金 Loge’s monolog

明るく、ややキャラクターテノール寄りながらも強さのある声で悪くない。
この場面だけでは、あまり高音もなく技術的な部分を計ることは難しいが、
特に目立つ癖らしいものもなく、音程に左右されずに響きが安定しているのも良い。

 

 

 

Alexander Mikhaylov
ヴェルディ リゴレット Questa o quella

やっぱりこういう歌手はいるんだなと・・・。
めっちゃ良い声だがそれだけ。
なぜこの声でリゴレットを歌ったのか理解できないが、
リズム感もなければ言葉もいい加減、良い声で高音伸ばすのが目的なら他に歌うべき曲があっただろ!
と突っ込みたくなるが、それでも持ってる声は素晴らしい。
こういう歌手を聴くと、昔ロシアに多かった超絶技巧だけが売りのピアニストと似たものを感じる。

 

 

 

Sergei Semishkur
ロシア歌曲プログラムのリサイタル

ちょっと息の圧が強すぎて締まった感じの高音になったり、
特に”a”母音は中音域、パッサージョ付近で鼻声っぽくなってしまうことがあるのは気になるところだが、
全体的に安定感のある技術を披露しており、言葉のさばき方、低音域の響きの柔らかさや響きの落ちないところは見事。
こういうしっかりした言葉で表現をしてくれる歌手は聴いていても飽きない。
高音と低音で響きの乖離がなくなり、もっと響きが柔らかくなれば本当に良い歌手なんだが、
これはソプラノにも多かったように、やや響きに奥行が不足しているのが原因か?

 

 

 

Sergey Skorokhodov
ワーグナー ローエングリン In fernem Land

時々音程が低いのが気になる。
この曲になると急に発音が気になってしまうのは仕方がない。
とりあえず、語尾の”t””d”はちゃんと発音して欲しい。
後、”e”母音が全体的に横に開き過ぎ。
とは言っても、明るく抜ける響きで
ロシア人に多い籠った感じがなくドイツ語を歌う響きとしては決して悪い訳ではない。
因みにイタリア語の曲だと。

 

 

ヴェルディ リゴレット La donna e mobile

ロシア人の歌い回しってなぜこんな独特なのだろう?
レガートはできてるし、ディナーミクもできている。
なのにどこかリズム感が変。
でも声や技術は確かに優れている。
ローエングリンも響きのポイントはしっかり捉えられており、
声そのものだけでみれば現代の歌手ではトップクラスのローエングリンと言えるかもしれない。
ただ、前提的にアペルトっぽい声に聴こえるのが勿体ない。

 

 

 

 

 

 

Mikhail Vekua
ワーグナー パルシファル Amfortas Die Wunde

この映像では声量がちょっと足りないような印象を受けるが、
響きの質は決して悪くない、寧ろ上で紹介したSkorokhodovより歌っているポジションは良い。
10年前の演奏だがトロヴァトーレのカバレッタを歌っているのでそちらも参考までに

 

 

ヴェルディ トロヴァトーレ  Di quella pira(4:40~)

 

響きだけなら本当に素晴らしい。
全部奥行のある響きで高さもありながら、発音は全て前に出ていている。
理想的と言って良いテノールの高音の響きである。
声質が細めなので、マンリーコの声かと言われればそれは別問題として、
単純に発声的な部分だけ聴けば優れた歌手である。
この声でこそローエングリンをやってほしいものだ。

 

 

いかがだろうか?
こうしてロシアのテノールを見てみると、確かにソプラノ同様なやや奥行の欠如した響きはあるものの、
声質、発声、発音の癖などは十人十色。
しかも、全体的にかなりレベルは高い。
ひと昔前のパワーだけで高音を張り上げているようなテノールは皆無に等しく、
響きで歌っている歌手が多い。
イタリア人歌手の発声がかなり危機的な状況である証拠(テノール編)

で取り上げた通りイタリアのテノールは結構悲惨な状況なので、
もしかしたら現在はイタリアよりロシアの方がテノール質は高いかもしれない。
こうして見ると、
グリゴーロを現代最高峰のテノールなどと宣伝してるのが実にアホらしいことかがわかるのではないだろうか。
英国ロイヤル・オペラ 2019年来日公演「ファウスト」のキャストは酷い

でも書いた通り、特別上手い訳でもないキャストに何万も払うのは本当にばかばかしいので、
このブログの読者は、デタラメな謳い文句に騙されないよう注意してください。

 

 

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