今回は普段とは全く違う観点から記事を書いてみようと思います。
演奏家や演奏会の質についてではなく、
ネット上に溢れている発声講座的な動画についてです。
昔は「アクートの出し方」とか、「高音の発声」、みたいな単発動画が時々ある程度だったのですが、
最近は現役の声楽家が講義のようなものを配信しているのを見かけるようになりました。
しかし、そのような動画が有用かどうかは結局、当人の実演が全てであって、
どんな理論を語ったとしても、実際の演奏や声が視聴者を納得させるに値する質になければ信用はされません。
そこで、私が今まで見かけてたネット上の発声講座を検証してみることにしました。
◆田川理穂氏(メゾソプラノ)
実演は基本なしで、講義のようなことが多い動画
こういう動画で注意が必要なのは、相手の伝える意図とこちらの受け取り方で必ず差異が出てくること。
かなりの動画本数があるので、↓は当人の声が聴けるので、この発声を聴いて信用できるかを判断基準にしてみた。
Silvestro先生からの高音のポイント🎵ネット声楽レッスン教室シリーズ ワンポイント発声練習法:声楽家が決して明かさなかった合唱の秘法
動画の中で田川氏は「合ってるかどうかではなく、本院が一番だし易い方法が正しい」というようなことを仰っていますが、
その意見については概ね同意するにしても、ご自身の歌っている顔を田川氏は見たことがあるのだろうか?
ご自身は、必ず信頼できる第三者の意見を求めるよう提言しているのだが・・・
低音を歌っている時

中音域を歌った時

大して高音は出していないのですが、
上行音型や跳躍する時にやたら眉間にシワが入ります。
コレが正しいとは個人的には思えないのですね。
他にも、跳躍する前の音を大切に歌うよう指南していますが、
発声の音形や、なぜその母音や子音なのか?という肝心な部分を解説できていません。
この動画で田川氏が仰っていることは間違っていないとは思いますが、確実に不足している情報がある。
というのが私の見た感想です。
◆塩塚隆則氏(テノール)
日本のKing of high Cを自称する典型的な高音命のテノール
内容もそれに違わず高音の発声に特化した内容になっている。
前述の田川氏のとは逆に、実演を多く取り入れた解説ですが、
高音を出す。ということ以外は話題の中心になることが少ないです。
また、私の意見とは対照的に、ドイツ唱法とベルカントを区別しているのも特徴でしょうか。
こちらが実演
ヴェルディ トロヴァトーレ Di quella pira
これを籠っていると言わずして何と言うのでしょうか?
他の動画では、言語によって適切な発声は異なるというようなことも仰っていますが、
そもそも塩塚氏がベルカントと言っている歌い方で、イタリア語が美しく聴こえているのか?
高音が楽に出る=ベルカント
という理屈が彼の中ではできあがっているようにしか見えません。
彼が大切だと仰っている”u”母音についても、それぞれの母音で全く響きのバランスが取れておらず、
参考になるとは言い難いと言わざるを得ません。
ただ、言っていることが全て違っているかと言えば、勿論そんなことはないと思いますし、
実際高音は出ている訳ですから、人によっては参考になることもあるでしょう。
◆永田孝志氏(バリトン)
自傷発声研究家ということらしいのだが、
この人の場合、一番謎なのは、その声を何に使うか!という目的がよくわからないこと。
歴代の名歌手の発声を解説したりしていますが、ご自身がそれを真似できている訳でもなく、
歌の上手い下手もどうでもよくなっていて、研究の成果?をひたすら発信しているという、個人的には謎のチャンネルです。
まだ、塩塚氏はテノールの高音にスポットを当てているだけ視聴者の対象が絞られていますが、
永田氏は誰が見ることを想定してこの動画シリーズを続けているのか不思議ですが、これで何年も続けていらっしゃるところだけは尊敬します。
◆国分博文氏(バリトン)
K・メソッドなる怪しげな独自理論を「ベルカント」
として発信している人
一応YOUTUBEにも多少のチャンネルはあるが、
この歌唱法を習得したい!という人は現れたのだろうか?
◆工藤健詞氏(テノール)
くどう式発声(ブログ)
くどう式発声(YOUTUBE)
パヴァロッティが来日した時抱き着いたことで一部の人達の間で有名になった人で、
一時期芸大の現役学生が、大学とは別に習う先生(裏門下)としても随分生徒を集めていた時期があったと聞くのがここ
このメソッドを広めている中の人達の実演はと言うと
プッチーニ トスカ 二重唱
工藤健詞(テノール)
小林久美恵(ソプラノ)
【番外編】
田中彩子が良いか悪いかは別問題として、
彼女が「動物の声」を例に出して物まねを推奨しているが、
犬の遠吠えにしろ、赤ん坊の泣き声にしろ、正しい発声を説明する時に例として出されることが多いのは事実だが、
赤ん坊は言葉を喋れるようになってくると、正しいポジションでは中々声を出せなくなってくる。
つまり、言葉という形で様々な音を出せるようになった代償として失ったものが、無理なく響く声を長時間発し続ける。という行為なのであり、
それ故に、クラシックの正しい発声は自然な発声が理想とされるのである。
ちなみに、田中彩子が言っている「犬の甘えた声」のようなことはドイツ人もやっている
こちらも田中彩子のやり方に似てはいるが、
点で当てているやり方の田中と、線で繋げるこちらでは意図が実は全然違う。
同じことをやるなら、こちらの方が試す価値はあるだろう。
こうして見ていると、
不思議なことに発声=高音の出し方
ともとれる解説があまりに多すぎる。
高音も低音も全て繋がっているという意識が、田川氏はまだあったが
他の方の書き方や言い方ではそういうことがほぼないことを考えると、
この中では一番田川氏の講座が知識としては役に立つのではないだろうか?というのが私の見解である。
なお欧米では、パッサージョや高音についての考え方が全く違うように見える
https://www.youtube.com/watch?v=Hgkl-2OcvS4
上と下をしっかり細い一本の息で繋げる訓練。
初めからフォルテで出したり、強いアクートを求めず、
柔軟なミックスボイスを作るという考え方の方がよっぽど利に叶っている。
「息を回す。」とか、「首の後ろの筋を伸ばす。」とか、そういったことも必要な場面はあるだろうが、
数をこなして必要な筋肉を鍛えていく必要性を考えれば、細い道を通して時間を掛けて広げていくという考え方になるのはまっとうな意見である。
ネット上にはこのような講義のようなもの以外にも、一流歌手が公開したボイトレ映像や、
私も時々取り上げるマスタークラスの風景なんかも含めて、
色々と発声について学べるものがあるのだが、
重要なのは良い声が出てるから良い発声。とか
高い音が出てるから正しい発声。などというものでもなく、
何のためにその訓練、メソッドがあるのかが明確であり、それを取り入れた結果、自分の歌が上手くなれるのかどうか。
が一番重要なポイントである。
高音が出るようになっても、中音域がスカスカになったり、何を言っているか言葉が聞き取れなければ意味がない。
動画を作る側もいい加減「高音」という呪縛から解き放たれて、良い歌の本質を追求した動画を作って頂きたいと願うばかりである。

サイトを閲覧中に私の個人名を上げた貴方様の論評を見つけました。頼みもしない(頼まれましない)論評・・・・、しかも敬称も付けない名指しの揶揄的論評はご遠慮ください。
記載の内容(他の方に関する内容)もいい加減です。貴方様が記載した私の声種も違っています。
私の主意も違います。私はアクートの歌唱法とベルカントの歌唱は違うと唱えています。
貴方様の表現は多くの私の生徒さん方にとっても非常に失礼千万です。
K‐メソッド様
ご意見頂きありがとうございます。
敬称についてですが、
確かに敬称を付けなかったことは失礼だったかもしれませんが、
ネット上に公開している以上は批判されることは想定しておくべきではないでしょうか?
本当に正しいことを教えていらっしゃるのであれば、生徒さんに自信をもって指導されれば良いと思います。
→どこがどういい加減なのか具体的にご指摘願います。
私はこれまで、デル・モナコの弟子であるアウグスティーニ氏にも習ったことがありますが、
K‐メソッド様の主張される
<パッサッジョ域でジラーレしてもファルセットにしかならない>や
<喉を「開ける・広げる」はベルカント唱法です。アクート唱法はその逆>などという主張は今まで聞いたことがありません。
少なくともカルーソーは著書『カルーソー発声の秘密』の中で「喉を広く開け、低音~高音まで滑らかに声を移行させること」を主張しております。
そもそも、
<パッサッジョ域では開けてはいけません。開けていてはアクートにはなりません。閉じた状態の声帯の間を呼気を通過させて鳴らす。会話や胸声歌唱による声帯の振動とは全く異なったプロセスから成り立つ歌唱法です。>
と主張されていることについて、声帯は閉じていないとそもそも音は鳴りませんので、声帯を閉じることが会話や胸声歌唱と異なる。とはどのような意味なのかご説明頂ければ幸いです。
私の知識不足による誤った誹謗中傷であれば、この記事の内容は速やかに修正させて頂きます。
K‐メソッド様も正しいと思ったことを広めていらっしゃると思いますが、
私も勉強した中で正しいと思ったことを書いていますし、私の記事を支持して下さる方もおりますので。
永田先生の発声解説で 私自身の長年の課題が解決しました。彼の研究や解説は実践的かつ論理的に受け入れやすいとおもいます。
世の中の大半のボイストレーナーがここまで踏み込んだ説明をしてくれてなかったことに驚きを隠せません。残念ながら高名なボイトレの方、芸大の名誉教授などに45年に亘って指導を受けてきましたが、彼らがなぜこんな事を教えてくれなかったのか?きっと長嶋茂雄さんなどと同じで自分のスキルを体系だって人に伝授するのが上手でなやったのでしょうね。
永田先生のビデオを聴きながら毎日車を運転してますが、以来、高音、低音ともに三度ほど音域が伸びました!しっかり声帯を使う、緊張の均衡、胸声によるキューゾの実践など本当に役立ちます。
畠山紳一郎さん
メッセージ頂きありがとうございます。
永田先生の主張で私も同意する部分は、「喉が上がってはいけない」ということ。
これはドイツで習った方も、イタリアで習った方も共通して言っていることなので間違えないと確信しています。
私も芸大で長らく教えていた方に習っていて声をダメにしましたので、「彼等が何も教えてくれない。」
ことは身を持って体験しております。
結局彼等はサラリーマンなので、組織の上の方の考え方と違うことを生徒に教えることができないのでしょう。
そういう意味で、高名な先生の仰ることに反対すると仕事がなくなる。
といった状況から離れ、自由に自身の意見を発信する活動をされている永田先生はご立派だと思います。
一方で、どんな方でも主張されていることが100%正しい。ということはあり得ません。
無論私の記事に書いていることも同様ですが、発声や歌唱について溢れている情報は、一人の意見ではなく、
有名な歌手のマスタークラスや発声練習の風景などの動画がYOUTUBEにもありますので、
それらの情報も取り入れた結果として、情報の正否を判断されることをお勧めいたします。
コロナ禍以降YouTubeの声楽レッスンの動画がすごく増えましたね。
海外の現役のオペラ歌手の指導なんかも垣間見ることができて、すごい時代になったと思います。
新しい声楽YouTube講座の検証はされませんか?
オペラ好きさん
最近はそういった動画は見ていないので、どういった方がいらっしゃるのか存じ上げないんですよね。
ドイツ在住の車田さんの発声講座とか、Yuyaさんのご意見を聞いてみたいです。
https://youtube.com/playlist?list=PLAX9RPAKKA26XpYfiF2ejNTg4q4uY0SCH&si=TyHklKlqgi3jRbJi
さよりさん
リクエストありがとうございます。
結構沢山レッスン動画出されてるので、全部視聴して記事を書くのは難しそうですが、
幾つか動画を視聴して感想書きますね。
この方、クラシック系では再生数の多いYOUTUBERですが、本業らしい歌手活動してるのは見たことがないんですよね。
Yuyaさん、お返事ありがとうございます。
古いですが演奏の動画もありましたので貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=zB76cS5KLuM
さよりさん
リンクありがとうございます。
私もコレは見たことあるんですが、ソロで歌ってるのないですよね。
Yuya先生
お世話になります。
毎度素晴らしい評論でいつも勉強させていただいております。素晴らしいご見識でいらっしゃるなと思っております。
ちなみに、ご自身の演奏に関してはどのように自己評価されていらっしゃいますか?よろしかったら教えて頂けると幸いです。
僭越ながら私からすると、「スタート地点にも立てていない(そもそも楽器として成立していない)」状況とも思っており、そのようなレベルで人様の演奏にとやかく言うのはお門違いだと存じます。
何かご病気を患ってらっしゃるのでしょうか。
また、ご自身の師事されている師匠の名前は申し上げられないと書いてあるけど、公表しないでと言われてますか?(音声からどなたに師事されているか簡単に分かってしまいますし、何より他のお弟子さんはよく師の名前を紹介されています)
いずれにせよ、良い年齢ですし不愉快ですからテロリストのように他人を叩くような真似は辞めませんか。
白鳥タケシさん
面白いことを言いますね。
他人の演奏について批判的な記事を書くことがテロリストなんですか?
では、私の演奏を批判するあなたは自分もテトリスとだと言ってるのと同じですね。
私がなぜ自分の演奏をわざわざアップしてるのかと言うと、叩かれる覚悟があるからですよ。
実際演奏者からクレームを受けて記事を削除や修正したことはありますし、相手の意見が正当であると思えば謝罪も記事の削除もします。
更に言えば、私が声楽のド素人だとして、他人の演奏を批判してはいけない理由は何ですか?
日本のプロ野球が世界的に通用するレベルになった一つの要因は、サラリーマンでも評論できるくらい国民が野球に詳しいからですよ。
素人でも声楽の上手い下手が分かる国になれば、日本の声楽レベルは確実に上がると思うんですけどね。
因みにテロリズムの意味は以下のような感じですが、私の記事のどこがテロに該当するのか教えて頂きたいですね。
<テロリズムの定義>
警察庁組織令第三十九条では、テロリズムの定義として、「テロリズム(広く恐怖又は不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動をいう。)」
論点ずらしてばかりですね。
少しは私の質問に答えてくださいよ。
出来ても無い人間が、他人の演奏をどうのこうの言えないだろって言ってるんですよ。
仰っている事も論理破綻していますし(わざわざ指摘するまでもないのですが)、もはや話になりませんので、このくらいとしましょう。
知能とか認知、倫理観の問題だったり複雑そうですね。
わざわざご返信ありがとうございました。
白鳥タケシさん
>論点ずらしてばかりですね
⇒どこがどうすり替えなのか具体的に指摘してください。
>出来ても無い人間が、他人の演奏をどうのこうの言えないだろって言ってるんですよ。
⇒いいえ、私はそうは思いません。
チェチーリア・バルトリの先生は、プロとして成功しなかった母親です。
選手として成功しなくても指導者として結果を残す人もいれば、
名歌手でも指導は下手、「名選手、名監督にあらず」という言葉は一般的です。
むしろ、「出来ても無い人間が、他人の演奏をどうのこうの言えない」と仰ってる根拠を教えてください。
>仰っている事も論理破綻していますし(わざわざ指摘するまでもないのですが)、もはや話になりませんので、このくらいとしましょう。
⇒いぇいぇ、遠慮なく仰ってください。
そっちから吹っ掛けてきたんだから付き合って差し上げますよ。
あなたに具体的な指摘ができるならですけどね/(^o^)\
最初の私のコメントの文章をきちんと読んで頂いていますか?
話が噛み合わなすぎて残念に思っています。
いずれにせよ、国内の声楽家や発声教師についての批判は不愉快ですし、迷惑が掛かっているのです。貴方の発言はお師匠さんの問題とも思っています。もう直接そちらに問い合わせさせていただきますよ。
もう二度とこのブログには訪れません。
白鳥タケシさん
「わざわざ指摘するまでもないのですが」と書いたんだから遠慮なく指摘ください。
と言っただけなのですが、噛み合わないって・・・。
まぁ、どこがどうおかしい、という具体的な指摘が一か所もなくテロリスト扱いしてくるような人と噛み合う訳はないんですが、「他人の批判が不愉快だ。」とお気持ちを吐き散らしてるだけでは、ただのクレーマーだという自覚を持って頂きたいですね。
そもそも私がこのような記事を書いているのは、
自分があらゆる間違った発声を高校~大学まで実際にやって咽喉を壊した経験から、
同じような轍を踏む声楽学習者を少しでも減らす一助になればと思ってずっと活動しています。
白鳥タケシさんは演奏ができていないなら他の人の演奏の批評をするなと言っていますね。
ただこの前提がある限り、白鳥さんも自身の演奏を公開する義務があると思います。
オペラ好きさん
クラシックが他ジャンルに比べて堅苦しい印象を与えるのって、こういうところだと思うんですよね。
ポップスでも、映画やドラマでも、あるいはスポーツでも全く関係ない職業の人が批評するのは当たり前ですが、
クラシックはそういうのを快く思わない人が一定数いる。
でも、大抵の場合、こういった方は他人が言うのは許せないが自分は好きなことを言いたい人だったりするので、自分の情報は出したがらないんです。
納得しました。それだと参入障壁も高く、長期的に見て業界のためにならないですね。
劇場が多い欧州の地域だとまた空気感も違うと聞きます。
一般人が批評することが当たり前にならないとクラシックの裾野も広がりませんね。
>劇場が多い欧州の地域だとまた空気感も違うと聞きます。
2007年だったか2008年だったか曖昧ですが、
バイロイト音楽祭のマイスタージンガーはブーイングとブラボーか乱れ飛ぶ完全に世論を二分する演出でした。
でも、そういうのは健全なあり方だと私は思うんですよね。
それに比べて日本は、ケント・ナガノが来日してローエングリンを振った時にブーイングしたら、掲示板に空気を悪くするヤツ扱いされたことありますからね。
ブラヴォーが良くてブーイングがダメな理由を論理的にそういう人は説明できるのか聞いてみたい。
私のようにある程度歳を取った人はブーイングは失礼だって言う感覚があります。ヨーロッパから日本に来るのに物理的に14時間かかるわけで、ヨーロッパでそれなりの評価を受けている人がわざわざ日本にまで来て演奏してくれることに感謝している面もあるんです。何もわざわざ極東で演奏する必要なんて無いわけですから。(まあ、ガブリエッラ・トゥッチのように日本で大成功してイタリアでのキャリアにつながった歌手もいますけどね。)そういう感覚を持った人たちにとっては、大事なお客さんで、お客さんに対して失礼な態度だって映ったんじゃないですか。自分のお客さんが気を悪くするようなことをする人はいないでしょ。
高度成長以後に生まれた人は日本が欧米と肩を並べたって思ってるんでしょうけど、海外で評価を受けている歌手が日本で公演することが少なくなってるのが日本の評価なんじゃないかな。呼ぶ人もいないんでしょうけどね。
philosさん
仰りたいことはわかりますが、演奏家の来日は慈善事業ではなく基本的にビジネスです。
80歳目前のホロヴィッツの演奏を「ひび割れた骨董品」と表現した音楽評論は適切な表現だと思う。
この表現は、ホロヴィッツの演奏の衰えを指摘するだけでなく、
その演奏に無批判に熱狂する日本の聴衆の“権威主義的な受容姿勢”を皮肉ったものと解釈されます。
ホロヴィッツは1983年、80歳を目前にして初来日を果たしましたが、
それ以前にも来日が予定されていたものの、体調や精神状態の問題でキャンセルされ、ギャラだけが支払われたという経緯があったことも付け足しておこう。
そして今でも、正にひび割れた骨董品となった、ドミンゴやカレーラスの演奏を有難がるクラシックファンは多い。
リサイタルなら推し活であっても文句はないが、これがオペラとなれば話は別。
せっかくヨーロッパから来てくださってるのだから、一流の歌手を指揮者一人が台無しにすることも甘んじて受け入れろ!
と言う意見なら私は賛同しかねます。
海外で評価を受けている歌手が日本で公演することが少なくなってるのは、単純に円安が大きいと見るのが妥当です。
日本とドイツやフランス、あるいは英国や米国で同じ仕事をして、
通貨価値で考えれば数年で3~4割、日本で働いた方が賃金が安いとなれば、日本に来る演奏家が減るのは必然。
ポップスでも、映画やドラマでも、あるいはスポーツでも全く関係ない職業の人が批評するのは当たり前ですが、自分が好きなものや人を悪く言われた方は快く思ってないと思いますよ。ただクラシックを好む人は自分が絶対に正しいと思ってる人の割合が多いのかなとは思います。それだけ自分の好きなものに思い入れがあるんでしょうね。
人に、自分の言いたいことを言うな、って言うのはなんだかなぁと思いますけど、そういう人には勝手に言わせておいて、やっぱり自分の言いたいことを言えばいいんですよ。ただ言い方に配慮するのは最低限のマナーだと思いますけど。
国立大学教育学部で音楽の専任教員をしている者です。声楽を専門に学び、現在も演奏・指導に携わっています。
こちらの記事を含め、以前からいくつかの記事を興味深く拝読しています。また、Yuyaさんご本人の歌唱も聴いたことがあります。
率直に申し上げて、個々の歌手に対する評価以上に気になっているのは、Yuyaさんの発声評価がかなり限られた軸によって組み立てられているように見えることです。
たとえば、喉が上がらないこと、口や顔に余計な力を入れないこと、レガート、母音間の響きの統一、高音を押さないことなどを繰り返し重視されています。これらはいずれも重要な観点ですが、声楽発声の評価は当然それだけではありません。
呼吸支持、呼気と声帯閉鎖のバランス、声帯振動の効率、喉頭の働き、声道調整、母音形成、パッサッジョ処理、響きの密度、倍音構成、音程、ダイナミクス、言語、フレージング、声の飛翔性など、複数の要素を総合的に見る必要があります。
他の記事、たとえば砂川涼子さんについて書かれた記事では、
レガートできない
↓
息が流れていない
↓
下顎に力が入る
↓
正しい発音ができない
↓
響きが硬くなり母音によってばらつく
↓
加齢とともに声が揺れる
という形で説明されています。
しかし、このような一直線の因果関係として発声上の諸問題を整理することには、かなり無理があるのではないでしょうか。
レガートが損なわれる原因は一つではありませんし、下顎の緊張と呼吸支持、母音形成、声帯閉鎖、声の揺れなども、それぞれ独立性を持ちながら相互に影響します。AだからB、BだからCと一方向に説明できるほど、声楽発声は単純ではありません。
また、眉間にシワが寄っている、下顎に力が入っているように見える、口の開け方がこうである、といった外形的観察から、実際の発声機能をかなり強く推定されている点にも疑問があります。
外見上リラックスしていて、口も自然に開き、音も滑らかにつながっているように見えても、呼吸支持が弱く、喉頭周辺に負担が集中し、声帯と呼気の協調が十分でない歌唱はあります。逆に、顔面や顎にある程度の動きが見えても、声の機能としては非常に優れている歌手もいます。
また、他の記事では、音圧の強い声や、強く鳴る声そのものを発声上の問題と結びつけているように読める記述も散見されますが、これにも少し違和感があります。
音圧が強いこと自体は、必ずしも押していることや力んでいることを意味しません。声帯の厚み、声道の形態、フォルマント構成、声種、個体差などによって、もともと強い音圧を伴いやすい声もあります。また、オペラの役柄やレパートリーによっては、一定の音圧や密度が求められる場面も当然あります。
重要なのは、音が大きいか小さいかではなく、その音圧がどのような発声機能によって生じているのかだと思います。十分な支持と効率的な声帯振動、適切な声道調整の結果として強く鳴っている声と、過剰な呼気圧や外筋緊張によって押し出されている声は、同じ大きな声でも全く別物です。
そしてこれは少々申し上げにくいのですが、Yuyaさんご本人の歌唱を聴いた際、私にはまさにこの点が気になりました。
外見的には力まず、口も過度に開かず、レガートを意識して歌っておられるように見えます。しかし実際に出ている音を聴く限りでは、喉頭が高くなりやすく、呼吸支持が十分に働いているようには感じられず、喉頭周辺で音程や響きを処理しているように聞こえる場面が少なくありませんでした。
これは、Yuyaさんご本人の歌唱に課題があるから他人を批評してはいけない、という意味ではありません。演奏能力と批評能力は別ですし、その点では以前コメント欄で書かれていた意見に私も賛成です。
ただ、発声そのものについてかなり断定的な評価を行うのであれば、ご自身が採用している評価基準そのものも検証対象になるべきだと思います。
自分が習った複数の先生が同じことを言っていたことや、自分が喉を壊した経験から現在の発声観にたどり着いたことと、それが声楽発声として普遍的に正しいこととは別問題です。
Yuyaさんの記事を複数拝読していると、一つの発声法を絶対視してはいけないという趣旨のことを繰り返し書かれている一方で、実際の歌手の評価では、かなり一貫した一つの発声観によって正誤を判定しているようにも見えます。
もし本当に良い歌の本質を追求されるのであれば、まずその評価軸自体をもう少し複数化された方がよいのではないでしょうか。
レガートであること、口や顎に過剰な力が見えないこと、喉頭が低く保たれていること、音圧が強すぎないこと。こうした条件だけで良い発声は成立しません。
逆に言えば、それらを外形的には満たしていても、楽器として十分に機能していない歌唱はあり得ます。
Yuyaさんご自身の演奏も含めて、一度その観点から検討してみてはいかがでしょうか。
>あきひろ様
長文のコメントありがとうございます。
そして、迷惑メールに分類されていて気付くのに遅れてしまったことをお詫び申し上げます。
最近私が記事を書いていない理由とも直結しますが、
ご指摘頂いた内容について概ね否定はしません。
それどころか、自分が出来ていないから明確に書けない部分が、世間一般に言う「支え」についてでした。
支えとは、体格的依存するモノなのか、体格的に恵まれなくても訓練でどうにかなるものなのか結論が出ていませんでした。
これは、演出的な部分も大きいとは思いますが、どうしても身体の大きい歌手が男性は徳に多いですし、
過去のメトロポリタン歌劇場の支配人ルドルフ・ビングも「偉大な声は大きな身体に宿る」などと言っていたほどですから、
どうしても技術と先天的に恵まれたモノとしての支えを区別することができずにいたのです。
ただ、最近ようやく「支える」というのがどういった身体の使い方なのか整理できてきた部分もあり、
その成果という訳ではありませんが、古い演奏しかアップできてないので、機会があれば最近の演奏はあげたいと思っています。
とは言え、強い音圧で歌うことが持った声帯や役によって正しいように受け取れるご指摘にはあまり賛同できません。
と言うのも、デル・モナコの弟子だったマウロ・アウグスティーニのマスタークラスを受けたことがありますが、彼も
「Sul fiato」息に乗せて歌うことを強調しており、ドラマティックな声の歌手であろうが、強い圧力で声を押すということを是とはしていないことを経験したからです。