ジョージア国(グルジア)の歌手の実力を調べてみた

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全開の記事で書いた通り、本日はジョージア(グルジア)の歌手を特集します。

Tbilisi Opera and Ballet State Theatre

で歌っている(歌っていた)歌手の中から何人かを聴いてみようと思います。

 

 

 

Mariam Roinishvili & Natalia Kutateladze
ドリーブ ラクメ Flower duet

響きが二人とも前に集まっており、特にメゾNatalia Kutateladzeは響きに深さもありながら、
決して詰まった響きにならず中々素晴らしい。
ということで、ソロの演奏も聴いてみましょう。

 

 

 

ロッシーニ アルジェのイタリア女 Cruda sorte

少々顔面のみの響きで線の細さが気になるところではありますが、
決して無理に声を鳴らしにいく歌い方ではないので、声は飛んでいる印象を受けます。
今後はもっと声に深さが出てくると良い歌手になりそうです。

 

 

 

 

Irina Taboridze
カタラーニ ワリー ebben? ne andro lontana

かなり独特な声ではありますが、持っているものは素晴らしい。
しかし、このような歌い方だと全く歌詞が聞き取れませんし、
かなり鼻声に近い、不自然に詰まった音色とヴィブラートが掛かってしまっています。

 

 

 

 

Irma Berdzenishvili
ヴェルディ 仮面舞踏会 Morro ma prima in grazia

この人は上の方とは逆に、時々喉に引っかかることがありますが、
全体的に前に響きが集まっているのですが、逆に高音は非常にアペルトになってしまって、
直線的な響きで柔軟性が全くありません。
これでは繊細な感情を表現することはできないし、発音は聴こえても言葉の色は出ません。

 

 

 

 

 

 

 

Nana Kavtarashvili Miriani
ポンキエッリ ジョkンダ  Suicidio

こんどの方は声に深さもあり、低音も鳴っていて言葉もはっきり発音できているのですが、
如何せん力み過ぎている。
必要以上の圧力で歌っているのが声からもわかる。
もっと軽く出せば良いのになんでそんな歌い方をするのだろう?非常に勿体ない。

 

 

 

 

 

George Gagnidze
レオンカヴァッロ 道化師 Prologue

本当に素晴らしい楽器を持っているのだが、典型的な声で歌うバリトン
勘違いしているヴェルディバリトンが一番陥り易い歌い方である。
これでは全くレガートで歌えず、高音も当てように力一杯張り上げることしかできない。
日本人が絶対真似してはいけない歌い方

 

 

 

 

Naniko Dzidziguri & George Oniani
ビゼー カルメン  フィナーレ

こちらは2人とも非常にレベルが高い。
Dzidziguriは突出した声ではないものの、深く安定したブレスコントロールで
劇情に任せて歌うのではなく、非常に端正に、そしてスキのないカルメンを見事に演じているのが伝わってきます。
一方のホセ役も、しっかりした技術に基づいた高音を決めており、強い声ながら力で押したような声ではないので、
強い声だけではなく柔軟な表現ができるのがわかります。
こういうレベルの歌手が国内で育つ土壌があることからも、グルジアの歌手育成能力の高さを感じることができます。

 

 

 

 

Tamaz Saginadze
ジョルダーノ フェドーラ amor ti vieta

こちらも黄金時代のイタリア人テノールを彷彿とさせるような、輝かしく力強いテノールです。
勿論パワーではなく、息の流れで全て処理しているので本物の響きの高さや鋭さのある声です。

 

 

こうして見てきた通り、人口500万人足らずのジョージアという国からは、続々と世界的に通用する歌手が出て来ているのです。
勿論ここで紹介しているのはほんの一部でしかありませんし、全体的にはヴェルディやプッチーニばかり歌っている歌手が大半で、
そのような歌手は9割が大声大会状態。揺れ揺れの声で、何を言っているかわからないような状況なのはどこの国でも同じようです。
それにしても、ジョージアにはレッジェーロという声質は存在しないのではないか?
とすら思えるほど重い声の歌手ばかり、あるいは重く歌う歌手ばかりでした。
そんな中でも、上記で紹介したように意外とメゾソプラノには理性的に歌う方がいるのが面白い。

それと比較すると日本はどうでしょうか。
実力よりも、有名劇場にちょっと出演した。という履歴の方が重宝され、
そういった歌手をもてはやして声に合うかどうかも関係なく大役を与えるのが日本の現状です。
立派な履歴書で演奏活動が保証される時代は終わったことに気付いて、日本は音大の声楽教育のシステムから見直さなければいけません。
これは私だけが思っている戯言ではなく、音大を卒業しなくてもよかった。
と思っている声楽家が意外と沢山いるのが現実なのです。

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