真面目過ぎる声のバリトンJochen Kupferの覚醒した声が凄い

Jochen Kupfer(ヨッヘン クプファー)は1969年ドイツ生まれのバリトン歌手。

コンサート歌手として活躍している人で、とにかく端正な音楽作りと、丁寧な歌唱をする人。
しかし、それは同時に短所でもあって、日本人のリートを勉強してるバリトン歌手の多くにも感じることではあるのですが、とにかく真面目過ぎる。
真面目というのはイコールで開放感のなさ、退屈さも併せ持っています。

そこで、この歌手のどこに良さがあって、どこに退屈さを感じるのかを検証してみたいと思います。

 

 

 

シューベルト Die schöne Müllerin(全曲)

この人の良さは、実声とファルセットを混ぜる技術の高さが第一に挙げられると思います。

テノールだけでなく、バリトンもこのような技術は繊細な表現が必要な場合は需要になります。
よって、ピアノの表現は概ね安定して美しいのですが、一方でファルセットに近い部分を多用することの弊害も随所に出てしまっています。

 

この歌い方をすると、音のインパクトが弱くなるので、
語頭の子音に力がなかったり、後から音を膨らませるような声になりやすく、言葉が繋がって聴こえない。ということが起こります。

クプファーと対局の歌い方をするリートの名手としては、
ヘンシェルがいるので、ここで比較してみましょう。

 

 

Dietrich Henschel

全ての曲で比較するのは大変なので、何曲かで聴いてみると、例えば

6曲目:Neugierig
クプファー 以下K(12:22)、ヘンシェル 以下H(11:40)

クプファーは極限のピアノの表現を追求していて、音楽としては確かに美しいのですが、そこまでのピアノの表現をしていなくても、語頭がしっかり決まるだけで音楽が引き締まって聴こえます。

例えば「Ein Wörtchen um und um.」の「Ein」の歌い方はもろに特徴が出ています。
(K 14:05、H 13:09)
こまだゆっきりの曲であればこのような表現でもまだ許容できる部分はありますが、速い曲でコレをやってしまうと非常に恰好が悪いことになってしまいます。

 

7曲目:Ungeduld
(K 16:30、H 15:30

繰り返される「Dein ist mein Herz und soll es ewig bleiben.」という歌詞の「Dein」の歌い方の違い、これがクプファー最大の弱点にして、日本人の男声にも時々聞かれる歌い方です。

他界音は後ろから息を回す。とか、絶叫になりたくない。
ということを考えていると、解決手段として、ファルセットに近い部分に息を通して膨らませるやり方が一番手っ取り早いのです。
しかし、このやり方は表現として時々使うならまだしも、そもそも正しく声帯が閉じていない状況なので、多用するのはあまり好ましくありません。
とは言え、クプファーも14曲目Der Jägerは流石にそのような歌い方はしていませんので、実際は高音が苦手とかではないのでしょう。

 

日本人のリートを歌うバリトンにも少し言及しておきますと、
若手で小原裕之氏というバリトン歌手がおり、
最近YOUTUBEでシューベルトの作品解説動画をあげだした方なのですが、
この方の歌唱も音の入りが弱く、変に途中の音を膨らませる傾向があります。このせいでレガートにもならず、高音でも喉が上がったような声になってしまっているので、もっと真っすぐ喋るように歌えると良いのですが・・・。
でもシューベルトの解説動画は中々面白いので興味のある方はご覧になってください、
個人的には今後の更新が結構楽しみな方です。
少なくとも発声理論を説明してる声楽家の動画の100倍知識としては役立ちます。

 

 

小原裕之氏
シューベルト Erlkönig

 

 

 

17曲目:Die böse Farbe
(K 49:10、H 46:00)

クプファーは柔らかく歌うことが常習化しているために、
このような曲では支えの効かない、一般的に言う響きの集まらない声なのです。
それでも大崩れしないのは、”i”母音がまだハマっているからで、
問題はそれ以外の”a””e””o”が鼻に入ってしまうこと。
ヘンシェルが全ての母音を同じ響きで歌えているのとは対照的ですね。
なお、この演奏は2003年とのことなので、大体34歳位の若い時です。

 

 

 

オルフ カルミナ ブラーナ Estuans interius

 

 

 

 

カルミナ ブラーナ Dies, nox et omnia

 

今までの記事で、ミックスボイス、及びファルセットを鍛えることの重要性について度々言及してきましたが、
クプファーの場合、歌い方をコロコロかえており、どの声も正しいポジションにハマっていません。
Dies, nox et omniaの演奏が顕著ですが、ファルセットも詰まった声ですし、実声とは乖離しているので、滑らかに実声とファルセットをミックスできるまでには至っていません。
もっと酷いのは低音、このような喉を鳴らして低音を出しては絶対いけません。
この演奏が2010年頃なので、大体40歳の時のものです。

 

 

 

ブラームス ドイツレクイエム Herr, lehre doch mich

今までの声は何だったのでしょうか?
響きが全て前の正しいポイントに当たり、
”e”母音も”i”母音と同じ圧力の響きで、響きが散ることがなくなっています。
更に高音でも低音でも同質の響きを保てるようになっており、
もはや文句の付けどころがないレベルに化けています。

 

 

 

ベートーヴェン 交響曲第9番 4楽章 バスソロ冒頭

これが現在の演奏
30歳~40歳ではあまりよくなったようには見えませんでしたが、
ここ数年で急速に実力をつけ、気づけば現代を代表するようなレベルのバリトン歌手に急成長したことがお分かり頂けるでしょうか?
40歳を過ぎても成長できたのは、ミックスボイスを操れるような声帯の柔軟性を磨いていたからだと私は考えています。
後は本当に少しの違いで声は変わるということです。
こういう歌手を見ていれば、若いうちしか成長できない、
なんてことが歌にはないことがわかるでしょう。

 

クプファーは30歳代の演奏では小手先の技巧に頼り、
一見上手そうに聴こえるけど、文字通り中身がスカスカの声でした。
それが、真っすぐな響きで、余計なことをしない声の方が逆に深い表現に聴こえるのですから面白いですね。
クプファーの成長の過程は、きっと日本人のリートを勉強しているバリトン歌手にとっても参考にできる部分があるのではないでしょうか。

 

 

 

CD

 

 

 

 

 

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