Gemma Bertagnolliの歌でわかったノンレガートが正しいバロックの歌唱と考える潮流

Gemma Bertagnolli (ジェンンマ ベルタニョッリ)は1967年イタリア生まれのソプラノ歌手。

コロラトゥーラを得意とするハイソプラノですが、
とりわけバロック作品の演奏に定評があり、現在は教育者としても各地でマスタークラスを行うなど旺盛に音楽活動を行っているようだ。です。

しかし、私はこの人の歌唱には違和感を覚えるのです。
それは、タイトルに書いた通り、とにかくノンレガートで歌うことで、イタリア人で一流劇場でも歌っていたような歌手がこのような歌唱をしていることに驚きました。
それと同時に、日本の古楽界には、頑なにバッハは一音一音つなげないで歌う。
のような、まさにノンレガートで演奏することを強要する指揮者がいるという話を聞いたことがあり、
古楽=ノンレガートで歌う。という潮流は確かに存在していたのだ。という不思議な感慨に似た感情を覚えたのでありました。

 

 

 

 

モーツァルト Ch’io mi scordi di te?

ヴィヴァルディの曲なんかで超絶技巧を決めている演奏では、中々この人のノンレガート歌唱を判別し辛いと思ったので、分かり易いモーツァルトをまず選びました。
まず、一々喉を押しているので、何度も声がケロケロいっていますね。
タイプは全然違いますが、今年2月に新国のタンホイザーで来日したキンチャと同じような症状です。
この演奏を選んだ私が言うのもナンですが、
そもそもこの曲はメゾも歌うような、ハイソプラノが歌うにはテッシトゥーラが明らかに低いので、ベルタニョッリのような歌手は粗が目立ってしまうのです。

 

 

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ではこのアリアをベルタニョッリのような軽い声でもレガートで歌うとどうなるのか?
マクネアーの歌唱と比較するとよくわかるでしょう、

 

 

Sylvia McNair

マクネアーはイタリア語の発音が微妙なので、レチタティーヴォはあまりよくありませんが、アリアに入ってから(2:45~)の旋律線の描き方はセンスが良いですね。
前述の通り、メゾも歌うような曲なので、声に合っているかどうかというのはここでは除外して考えています。

 

 

 

 

ヴィヴァルディ In furore iustissimae irae

上記のことを踏まえたうえで、彼女が得意としているヴィヴァルディの演奏を聴いてみてください。
超絶技巧もディナーミクも思い通りに操れているように聴こえますが、これは先日ロッシーニテノールを特集した時にも書いたのですが、明らかにベルカントへのアンチテーゼ的歌唱です。
歌唱法の正否を判断は結局のところ、その人に合っているかどうかということになるので、ベルタニョッリの発声を間違っている。というつもりはありませんが、少なくとも声そのものに美しさや豊な響きはありません。

 

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ドニゼッティ ドン・パスクワーレ Quel guardo il cavaliere

あえてベルカントという言葉を使ったからには比較の対象は戦前の歌です。
ガリ・クルチの演奏は今聴くと新鮮です。
きっと現代の歌唱になれた耳には浅い可愛い声に聴こえることでしょう。

 

amelita galli-curci

https://www.youtube.com/watch?v=QSriyS7VImU

※うまくリンクが張れないので上記URLよりご覧ください。

本来はこのように、全く被せたり強靭な支えで力強い声を出す。というのではなく、息の流れだけでコントロールするのがベルカントだったはずなのですが、今ベルカント唱法を教えます!と言ってる人達がこのような歌唱を教えているかと言うと。とてもそうは思えませんよね。
それにしても、ガリ・クルチの”u”母音は現代なら絶対に間違っていると言われますね。

この”u”母音を聴いただけでも、徹頭徹尾唇の脱力が行われていることは明らかです。
そのような観点で見れば、確かにドイツ語は本来の意味でのベルカントで歌うには向かなかったかもしれませんが、はっきりいって現代では全然関係ないですね。

ガリ・クルチの歌唱の解説が長くなってしまいましたが、ベルタニョッリの歌唱と比較すると完全に真逆です。
「現代にガリ・クルチみたいな歌い方をする人いないだろ!」
というツッコミが入りそうなので、この流れで落としどころはメイのような感じではないかと思います。

 

Eva Mei

メイの演奏は少なくともドン・パスクワーレのノリーナ役なら近代最高レベルだと思います。
響きのポイントや、発音の明確さが、ガリ・クルチとは全く違いますが、根本的には息の流れの中で処理していることに変わりはありません。
なので、音楽が音の点の集まりに聴こえるベルタニョッリとは違い、
メイの演奏は旋律が線として存在しているのがわかると思います。

 

さて、ここまではベルタニョッリがノンレガート唱法であることを説明してきましたが、問題はこのような演奏がバロック音楽を歌うのに正しいのかどうかということでしょう。
少なくとも、現代で一流のバロック作品の歌手はレガートで歌っているということだけは確かです。
その一方で、超絶技巧を売りとしている歌手には様々な個性があります。
そう考えると、ベルタニョッリはバロック音楽を得意にしているのではなく、超絶技巧を得意としている。という表現が一番的確なのではないかと思えてきます。
あくまでこれは私の感覚なので、ベルタニョッリのヴィヴァルディを素晴らしい。と感じる方の耳が間違っているという気はありません。
ただ、ベルカントとは全く関係ない、ベルタニョッリ独自の歌唱法であることは間違えありません。
マスタークラスでは一体どのように教えているのでしょうかね・・・。

 

 

CD

 

 

 

<私事>

記事とは全然関係ありませんが、
先日個人的な事情により、今後記事があまり更新できないかもしれない。
ということを書きましたが、皮肉なことに、職場から自宅待機を言い渡されたので、もしかしたら今まで以上に更新ペースが早くなるかもしれません。
しかし、それは一時的なことで、ある日ぱったり更新ができなくなってしまう可能性があります。
定期的にご覧いただいている方にはご心配をおかけしますが、ご了承ください

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