スペイン人のリートを得意とするテノール José Manuel Monteroの歌唱を検証してみる

José Manuel Montero(ホセ マヌエル モンテーロ)はスペイン生まれのテノール歌手。

スペイン人テノールと言えば、イタリアオペラを得意とするような、明るく熱っぽい歌唱をするイメージがありますが、この人はドイツリートを得意としているちょっと変わり者。

オペラではまだ脇役の方が多いようですが、リート歌手としてはかなり評価されているようなので今回取り上げてみました。

 

 

 

シューベルト 冬の旅 Gute Nacht

ミュンヘンで声楽を学んでいたと言うことで、発音的に1番の歌詞の最後に出てくる「der Weg 」を除いてそこまで気にならなかったのですが、いや~、これが冬なのか!と衝撃を受けました。

決して下手ではないのですが、やっぱりスペイン人は熱っぽく歌うんですね~
この一曲では中々正確な判断は難しいですが、それでも良い部分も確かにあるように聴こえます。

こんなの冬の旅じゃない。

と一蹴するのは簡単ですが、どこがシューベルトらしくなくて、どこに良さがあるのか分析するのは意味があります。

 

 

<歌詞>

Fremd bin ich eingezogen,
fremd zieh’ ich wieder aus.
der Mai war mir gewogen
mit manchem Blumenstrauß.
Das Mädchen sprach von Liebe,
die Mutter gar von Eh’.
Nun ist die Welt so trübe,
der Weg gehüllt in Schnee.

Ich kann zu meiner Reisen
nicht wählen mit der Zeit,
Muß selbst den Weg mir weisen
in dieser Dunkelheit.
Es zieht ein Mondenschatten
als mein Gefährte mit,
und auf den weißen Matten
such’ ich des Wildes Tritt.

Was soll ich länger weilen,
daß man mich trieb’ hinaus,
laß irre Hunde heulen
vor ihres Herren Haus.
Die Liebe liebt das Wandern,
Gott hat sie so gemacht,
von Einem zu dem Andern,
Fein Liebchen,gute Nacht.

Will dich im Traum nicht stören,
wär schad’ um deine Ruh’,
sollst meinen Tritt nicht hören,
sacht,sacht die Türe zu.
Schreib im Vorübergehen
ans Tor dir: gute Nacht,
damit du mögest sehen,
an dich hab ich gedacht.

 

 

<日本語訳>

よそ者としてやって来て
またよそ者として去って行く
五月は僕を暖かくもてなし
数多の花束を贈ってくれた
あの娘は愛を語り
母親は結婚のことまで口にした
だが今やこの世界は暗澹とし
道は雪に覆われている

旅立ちの時を
選ぶことはできない
この暗闇の中
自分で道を探さねばならぬ
月明かりの影法師を
道連れとして
白い広野の上
獣の足跡をたどるのだ

彼等に追われるまで
留まる義理があろうか
猛り狂った犬どもは
主人の家の前で遠吠えするがいい
愛はさすらいを好むもの
ひとつ所からまた別の所へ
神がそのように創り給うたのだ
おやすみ、美しい恋人よ

君の夢の邪魔をして
安らぎを乱したくはない
足音を聞かれぬように
そっと、そっと戸を閉める
通りすがりに書きとめよう
門に「おやすみ」と
君を想っていたことを
わかってもらえるように

 

 

冒頭に書いた「der Weg (道)」の発音の間違えですが(0:57~)、
長母音なので「ヴェック」ではなく「ヴィック」に近い発音になります。

一方、小文字の「weg(離れて なくなって)」という意味は「ヴェック」になるので、この間違えはちょっとマズイですね。
でも、なぜか2番の歌詞の「den Weg 」は正しい発音をしています。なぜこうなった?

 

その他のモンテーロのリートの良い部分、上記以外の改善点を簡単に挙げてみましょう。

 

 

〇良い部分


声はリートを歌うのに適していると思います。
開けっ広げな明るい声ではなく、影のある音色でありながら、内向的な情熱を湛えた声は、ただ透明感があって無垢な声よりドラマティックに歌詞の世界を表現することができ、それでいてラテン系の歌手に多い過剰なヴィブラートもありません。
そういう意味でモンテーロの声でしか表現できないリートの世界というのはきっとあると思います。

 

低音域の響き
これも広い意味では声に入るのですが、
リートを得意としているテノールは軽い声の人が多く、高音の繊細な表現にこそ個性が出ますが、
低音域を深さがあって、バリトンのように太くならない軽やかな響きで表現できる人は中々いません。
喋り声に近い表現をするか、詰まったような声になるか・・・。
前者シュライアーやボストリッジ、後者はカウフマンといったところでしょうか。

 

 

 

Jonas Kaufmann

カウフマンはオペラよりリートの方が上手いです。
ですが、モンテーロと比較すればわかる通り、明らかに詰まってるんですよね~。
他の歌手と比較しても分かると思いますが、モンテールの低音域は開放的でありながら、開けっ広げにならない、本当にリートを歌うのに適した良い質の響きだと思います。

 

 

レガート
これがちゃんとできていることは個人的に凄く評価したいと思っています。
時々掘ったような声になったり、アペルトな声になったりといった乱れはありますが、
全体的に響きのポジションは安定しているので、技術不足なのか集中力が切れるのかはちょっとわかりませんが、そういう雑な部分がなくなればもっとスムーズな音楽になると思います。

 

 

〇改善が必要な部分

 

発音
特に気になるのは”r”の処理と促音の処理でしょうか。
”r”は巻き舌する時と、しない時があるのは良いですが、
3番の歌詞にある「irre Hunde (猛り狂った犬)」の「irre」は二重子音で意味的にも幾ら強く巻き舌をしても問題ない部分だと思いますが、
モンテールの場合、その前の単語「trieb(追う)」は巻き舌しているのに、
「irre」は巻かない。みたいな歌唱だとちょっとバランスが悪い。
そんな感じで、”r”の処理に一貫性がないのが気になりました。
促音は、例えば2番の歌詞の”Mondenschatten”の”schatten(影)”や”matten(マット)”が
「シャーテン」や「マーテン」に聴こえてしまうのは問題。
こういう部分の間の使い方で表現は全然違ったものになるので、研究して欲しいと思います。

 

 

語尾の処理
語尾の歌い方に雑な部分が散見されます。
1番の終わりの歌詞
「der Weg gehüllt in Schnee」は冒頭に書いた”Weg”だけでなく、その後の言葉も発音が雑です。
特に”Schnee(雪)”をべったりした響きで、さらにズリ上げてしまっては、伴奏が表している淡々雪道を歩む足取りとは全然一致しないので絶対ダメ。
この一節の歌い方が下手なのが個人的には一番改善して欲しいところ。

2番でも最後の部分「Wildes Tritt」の”Tritt(歩調)”が同じようにぐちゃっとなる。
語尾を押す癖があるのはかなり致命的なので、ここは本当に改善しないとマズイと思います。

 

 

中音域~高音のディナーミク
低音域は良いのですが、高音での繊細な表現はテノールとしてリートを歌うならもっと欲しいところ。
特に最後の長調に転調してからはずっとピアノの表現なはずなんだけどなぁ・・・。

 

と、まぁこんな感じなのですが、
あえて言わせて貰えば、伴奏にも問題があって、
1番~3番が全部同じような表現だし、ペダル踏み過ぎだし、音デカいし、テンポ速いし・・・等々、伴奏が歌詞分かって弾いてないのではないか?と思えるレベルに聴こえるのは自分だけでしょうか。
もっと上手い伴奏者で歌えば、モンテーロの歌唱ももう少し違った演奏になるのではないかと思います。

 

 

 

 

ファリャ 7つのスペイン民謡

1. El paño moruno [0:00]
2. Seguidilla murciana [1:19]
3. Asturiana [2:54]
4. Jota [5:23]
5. Nana [8:32]
6. Canción [10:05]
7. Polo [11:16]

お国ものだから上手い。という単純なことではなく、
冒頭で紹介した冬の旅より響きが明るく柔らかい。
ドイツ語とスペイン語の違いがこれ程影響されるとは・・・

とは言え、モンテーロの演奏は冬の旅の方が情熱的な歌唱だったように思います。
こちらの演奏では、響きが乱れることがなく、過剰な表現も、必要以上に大きな声も出さない。
声は確かにラテン系テノールのそれなのですが、表現は常に冷静でしっかりコントロールが効いています。

 

 

 

 

リサイタル

2019年2月16日に行われたリサイタルの映像。

最初にシューマンの<詩人の恋>を歌っています。
最初の方は伴奏とズレたり、相変わらず促音の処理は苦手だったり所々気になるところはあるのですが、冬の旅の演奏よりよっぽど安定しており、最後まで聴いていると、これはこれでありかな~。なんて思えてきます。

若々しく熱く伸びやかな表現で詩人の恋を聴く機会なんてめったにないので、最初の4・5曲聴いて微妙に感じても、是非最後まで聴いてみて頂けると、後半は中々味があって、ドイツ系の歌手にはない聴き終わった後の開放感に似た感覚を味わうことができるでしょう。

その後はスペイン物の演奏が続き、アンコールでもオペラアリアを歌うことなく、
最後がRシュトラウスの献呈という、私が知っているスペイン人テノールのイメージとはかけ離れたプログラムを組んでいます。

それにしても素直で真っすぐな声です。
軽い響く明るい響きなのにどこか影があって、高音の出し方にも品があります。
スペインからもこういうテノールが出てくるようになったとは、時代の変化を感じますね。
まだYOUTUBE上にも動画が少なく、冒頭に書いたとおり、オペラではまだ脇役が多いようですが、これだけの声と音楽性を持った歌手はなかなかいないので、これからどんなレパートリーを歌っていくのか、楽しみに見守りたいと思います。

 

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