Diana Orosの歌唱に見える確かな発声技術


Diana Oros(ディアナ オロス)はルーマニアのソプラノ歌手。

決して美声の持ち主ではありませんが、ややハスキーな声でありながら、高音を出す技術は大変素晴らしいです。

中低音だけ聴いていると、「ちょっと微妙な声だな~。」と思う方もいらっしゃると思いますが、
ややくすんだような響きが、高音では澄んで力強い響きになる様はちょっとした驚きを与えてくれると共に、持って生まれた楽器で、ただ音として出るだけの高音ではなく、
鍛錬によって出される本当のソプラノの声としての高音がどれほど魅力的なものかを再認識させてくれることでしょう。
プッチーニのヒロインを歌っても華のある歌手とは言い難いですが、鍛錬を重ねてきたことが伝わってくる声には不思議な魅力があります。

 

 

 

プッチーニ 蝶々夫人(ハイライト映像)

特段素晴らしい声だったり、圧倒的な表現力があるという訳ではないかもしれませんが、
時々聴かれる純粋な響きでありながら力強さを備えた高音には魅力があります。

全体的に影のある悲劇を歌うのには適した声質でありながら重くなり過ぎず、高音の澄んだ響きと中低音でのややハスキーな響きとのギャップが、なんとも言えない悲哀を起草させるように感じます。

歌で難しいのは、持って生まれたものが鍛錬でどうにかできるのか、どうしようもないのかを判断することかもしれません。
オロスは決して発音が不明瞭な訳ではありませんが、音域によってどうしても奥まった響きになってしまいます。

傾向として、ブルガリアの歌手はそういう癖がどうしてもあって克服が困難である。という話を聞いたことがありますが、オロスも歌唱だけ聴いていると目立つような悪い癖があるようには聴こえないのに、声そのものの癖が強い。というのは技術でどうにかなるものではないのかもしれません。
自分の楽器の癖を知ることで、短所とするのか長所にできるのかを決定づけるのがレパートリー選びであり、作品解釈なのでしょう。

 

 

 

レハール メリー・ウィドー Lippen schweigen
テノール SORIN LUPU 

テノールが喉を押して歌うタイプの歌手なので、
比較することで、オロスの発声が決して力技ではないことがわかると思います。
中音域~高音にかけて柔らかく出している時のオロスの響きは、硬口蓋~鼻腔にかけての本当に良いポジションで響いているので、逆に時々低い音域で太くなってしまうのがよくわかります。
それでも、このテノールとは響きの次元が全く違うのがわかって面白いです。
特に2:06~2:20の響きが本当に美しい。

 

 

 

 

プッチーニ 修道女アンジェリカ

上の2つの演奏に比べると、やや響きが浅めになっているのですが、
その分より劇的で、感情を直接言葉にぶつけるような表現をしています。
中低音でも奥まった響きにはならないかわりに、高音がやや刺さるような鋭さを持っています。

他の演奏では深さがあって、丸みのある高音の響きだったのが、ここでは響きが全部前に出てしまって、奥がなくなっているために、ややヒステリックな高音になっています。
これが、あえて役作りとしてやっていることなのだとしたら凄いです。
もう一度別の曲を聴いてみましょう。

 

 

 

 

 

ヴェルディ トロヴァトーレ Tacea la notte placida

アンジェリカの演奏は2018年、トロヴァトーレは2017年なので、1年で声が自然にこれだけ変わったとは考えにくい。
ましてや、年代が後の方が軽く浅めの声で歌っているとなると、意識的にオロスは歌い方を変えていると見るのが妥当でしょう。

個人的には、多少癖があってもこちらの声の方が他の歌手にはない高音の魅力があって好きですが、
アンジェリカのような演奏もできる、となると、本当に高い発声技術で曲によって響きのポジションを微調整している訳ですから驚くべきことです。

あまり世界的に活動している歌手ではないようですが、こういう歌手が育つ土壌がルーマニアにはあることが非常に羨ましく感じます。

人口が減ってるとは言え世界的に見れば日本は人口の多い国ですから、
本来もっと高いレベルで歌える歌手が沢山出て来ても良いはずなのですが、現実的にそうなっていないことを考えれば、日本の声楽教育に問題があることは明らかなんですよね。

オロスのHPによると、10歳でカナダに渡っていて、その後University of British Columbiaを出ているということなので、純粋にルーマニアで声楽の教育を受けた歌手とは言えないかもしれませんが、
一方で米国人歌手と言えるかと言えば、今の米国人歌手を見ていれば、オロスのような歌手がゴロゴロいるとは到底思えない状況です。

 

 

 

プッチーニ 蝶々夫人 Tu, tu piccolo iddio

 

こちらは2016年前後の演奏と思われますが、
この時の演奏は、上で紹介したのより、明らかに声で力任せに歌っており、
かなり重い声で、レガートでも歌えていません。
それが、冒頭に紹介したハイライト映像と同一人物の歌とは思えないくらい、2年程で成長しています。

この事実だけを聴いてもわかる通り、
声楽の教育というのは、音楽大学や研修所といった狭い範囲に限られたものではなく、プロとして活動しながら成長できる環境が必要ということですね。
それが無いので、日本では半人前がプロとして活動しながら後進の指導をしている。
否、指導ををしていかないと生活できないので、自分の勉強まで手が回らない。
ここが問題だと思っています。

それにしてもオロスは、自分のHPの連絡先に、第三者ではなく自分自身のメアドを載せてるあたり、全部自分でやってる感があって応援したくなります。
こういう歌手に成功して欲しい。

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